Keso de Bola とは、 「表面は赤いのに中は黄色い」フィリピンのボール型チーズ。転じて日和見主義者。       かつてお世話になった、現地の言葉で「灯台」と呼ばれるマニラ湾岸のスラムを、ガラス越しに。
管理人sagingより
ホームページ:日和見バナナ

ご連絡はsaging[at]46ch.netまで
以前の記事
検索
カテゴリ
人気ジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧
<   2013年 05月 ( 2 )   > この月の画像一覧
さよなら自転車
 私が泊まっているウィークリーマンションの所在地は、実は、浅草ではなくて吉原でした。いえ、もともと浅草に期待していたわけではなく、むしろ、私の好きな千住エリアに近いのが素敵だと思って決めたので、吉原が近いことはわかっていたのですが、一本裏の通りが本当にギンギンでびっくり。といっても、新宿や歌舞伎町とは全然雰囲気が違います。客待ちのタクシーが長い列を作っているのと、ごくたまにケバいお化粧の女性がうろうろしているだけで、あとは、路上にたむろしている人も呼び込みもなく、とても静かです。興味津々ですが、じろじろ見るのもなんですし、常人には立ち寄り難い雰囲気を放っている一角ですが、私には自転車という強い武器があるので、さりげなく通るふりをして毎晩通ってみました。それにしても…。お店の名前が古すぎます。「男爵」に「女帝」に「ギャル」に「貴公子」…これ、全部お店の名前ですよ。その他、唐突に現れる「女性用宿舎」なるもの、「営業時間 10:00-3:00」という電子掲示板を出しているど派手な衣装屋さん(まるでバンコクのホイクワンのようです)など…すごいです。
なお念のため、私の泊まっているウィークリーマンションは、かつては遊郭の一角であったのでしょうが、現在は健全な廉価宿です。部屋の窓からは東京スカイツリーが見えます。部屋は電子レンジと大きな冷蔵庫とIHコンロ付き、炊飯器や調理器具や食器も貸していただけるので、何でもできます。朝からご飯を炊いて、サラダと納豆で朝ごはんにして、お弁当を作って…。もう、自宅気分です。

 この1週間は、基本的に、とてもいいお天気で、暑くもなく寒くもなく、最高の気候でした。東京生活の最後をこんなふうに迎えられてよかったです。毎朝、幸せを噛み締めながら自転車を走らせました。浅草(吉原ですが)から霞ヶ関はわずか40分ですが、わざと1時間も早く宿を出て、上野を散策してみたり、東京駅の周りをぐるぐる走ってみたり、毎朝、寄り道ばかり。東京スカイツリーの至近距離から出発して、皇居近辺で東京タワーが見えてくるあたりが感無量です。最後は必ず皇居で休憩して、持ってきたお茶を飲んで、一息ついてから仕事へ。お昼休みも、お弁当をもって外に出て、皇居で食べました。霞ヶ関では、お昼休みは「節電のため消灯」で薄暗いのですもの。
 夜は夜で楽しみました。いまだに馴染みのない虎ノ門(位置関係が微妙でよくわかりません)での仕事の会食、永田町でお世話になった方々との懐かしい赤坂での食事。

週末は台東区サイクリングを堪能。朝からアメ横に行って「一本1000円」のお刺身用ブリを眺めたり(とてもほしかったのですが、当然ですがさばけないので断念)、南千住の「あしたのジョー」の人形のある商店街の近くの精肉店で(このあたりになぜかとても多い)馬肉を選んでみたり、浅草演芸場の裏の通りで午前中から飲んでいる人たちを眺めたり。なんだか、幸せな気持ちになりました。
 浅草の和装店の多さにも目を見張りました。次の赴任地であるタイに持っていく着物に合うような涼しげな帯揚げや帯締め、襦袢と半衿と名古屋帯できちんと着物っぽく着られそうな浴衣などを見て回りました。絵にかいたような江戸っ子な店主に
 「おっ、三社祭用かね?」
と聞かれ、何も知らない私は、三社祭ってなによ、と思いながらもにっこりしておきました。浅草はとってもいいところです。

 そういえば先週の金曜日は、官邸前での「金曜日デモ」を「見学」したあと、元職場(NGO)でお世話になっていた方(月島在住)のところにも遊びに行かせていただきました。
官邸前から霞ヶ関に下る坂道。そこから日比谷公園に延びる道。そう、永田町で働いていた頃、私は有楽町までの定期を持っていて、夕方、霞ヶ関で用事を済ませてから、この道を通って日比谷公園を散歩したり銀座まで歩いたりしたものです。永田町から「下りて」くるときは感じないのですが、日比谷公園から見ると、国会ってほんとうに丘の上にあるのです。外務省も坂の中腹にあるので、手前に外務省、その背後に国会が「そびえたつ」…あの風景は独特で、とても象徴的です。私はそのことを、昨年・一昨年の10月のグローバルフェスタ(@日比谷公園)のときにも感じたのでした。日比谷公園で盛り上がるNGOと、距離的には近いような気がするのに圧倒的に「遠い」外務省と永田町。
 霞ヶ関から月島はわずか20分なのに、いろいろなことを感じました。初めて通る築地、名前だけは知っていた勝どき橋。
 帰りは、清澄白河、両国を抜け、隅田川を渡って浅草へ。東京ってほんとうに狭いです。1時間と少しもあれば、千代田区、港区、中央区、江東区、墨田区、台東区、足立区を簡単に横断できてしまうのですから。

 今日は、台東区、荒川区、北区、板橋区を横断しました。
 あの震災の直後に江古田の近くで購入し、以後、2年以上ずっと私の日々の通勤に付き合ってくれた自転車を、板橋に住む元上司にお譲りすることにしたのです。
 公共交通(特に地下鉄)に乗ることに著しい苦痛を感じる自分にとって、自転車は、もう、身体の一部のようなものでした。2年間、毎日1時間~1時間半は乗っていましたし、週末は新宿から池袋はもちろん、上野に行ったり渋谷に行ったり、ずいぶん酷使しました。昨年は鶴見まで行ってくれました。前の職場では屋根付きの自転車置き場がなかったので雨の日は専用カバーをかけて大切に扱い、定期的にサイクルショップでメンテナンスしてもらっていました。
 元上司はきっと大切に使ってくださるだろうと思いますが、それでも、2年間をともにしてくれた自転車と別れることは悲しくて、最後の道中が、名残惜しくてなりませんでした。
三ノ輪から王子まで、実に殺風景な明治通り。フィリピンのLRTの駅前みたいに庶民的な煙がもくもくしている王子駅。どうしても「王子-赤羽‐十条」の位置関係のわからないあの「basta(要するに)北っぽい」エリア。「桐が丘」の道路表示(桐が丘は私が東京都内でもっとも好きなところです)。懐かしい環七に、環八に、川越街道。
 最後に、かねてからの念願であった「東京大仏」を見て、すぐ隣の赤塚植物園(充実しているのにとてもオープンで無料)に行って、とても23区とは思えない(といってもほぼ埼玉ですが)板橋を堪能し、愛車に別れを告げました。
 だってこれは、普通の自転車ではないのです。電車に乗れない私を最後まで支えてくれて、「東京を地上から見る」ことをいつも助けてくれた自転車なのです。一緒に、いろいろなところに行きました。
 愛車を置いて地下鉄の駅に向かう道のりはとてもとても遠く感じられました。
 もう、明日からは自転車がないのです。このエリア(浅草というか吉原)、浅草駅にも入谷駅にも徒歩25分くらいかかるという、実は落とし穴的な地域。どおりで賃料が安いわけです。

 いつかまた東京に住むことがあったら、住みたい街が多すぎて困ってしまうと思います。便利な新宿区に住みたいかもしれないけれど、浅草(というか吉原)は最高ですし、千住も素敵だし、以前も住んでいた板橋だってとてもとてもいいところ。人気だという吉祥寺や荻窪は、行ったことはあるけれど別にピンときません。同じ郊外なら、断然、王子か赤羽でしょう!

 もういちど。
 東京生活の最後をこんなふうに迎えられてよかったです。
[PR]
by saging | 2013-05-16 00:02 | その他
Budgetary Manila and Tokyo
 先日まで3週間、フィリピンに行っていました。
 3週間はなかなか長いです。フルタイムの研究者でさえ、そんなに長くいることは難しいのかもしれません。
 訪問の目的は、治安部門改革とフィリピン陸軍の民生支援に関する調査。これまでの専門とはほとんど関係しない分野ですが、マニラ勤務時代のネットワークのおかげで軍にもピンポイントでインタビューができました。
 もちろん、恩多き調査地のスラムも、もちろんすべて回りましたし、親しい友人たちとも語り合いましたし、ちゃっかり、ダイビングもしてしまいました。
 フィリピン研究を始めて10年しかたちませんが、最近になってやっと向上したのは、調査の効率かなと思います。1日に3件も4件もアポを入れてあちこちを周ります。その日にしか会えない人かもしれないのだから、とにかく、ダブルブッキングでない限り、無理してでも相手の指定した日に行きます。マニラでは、時間はお金で買うものと割り切ります。タクシーをフル活用する、場合によってはレンタカーを1日借り切る、または、高架鉄道の駅までタクシー、そこから鉄道、降りてまたタクシー、といった時間と労力のもっとも節約できる方法をとる。
 かといって「ブルジョワ旅行」をしたわけではなく、宿泊は扇風機のみの400ペソ(約900円)のドミトリー(二段ベットの並ぶ大部屋)。朝7時を過ぎると暑くて寝ていられませんが、逆に言えば7時に起きることを基準に就寝時間を決めればいいのですし、昼間は私はほぼ外出していますし、夜は庭のテーブルで涼しく仕事すればいいのですから、個室は不要です。どうしても昼間に集中して仕事がしたいときは、エアコン付きの個室(1500ペソ)を借りて篭もりました。
 私は基本的に節約家なので、必要なときに必要なお金を使うセンスって、なかなか身につかないものですが、フィリピンではやっとそれができるようになってきた気がします。

 すばらしい3週間でした。自分がスラム研究から次のステップに踏み出せたことで、いろいろなことが違って見えてきた気がします。これまではフィリピンに行くたびに、まるで、自分だけがめまぐるしく変化して(私は数年おきに転職します)、「彼ら」は何も変わっていないように感じていました。でも、いまはそうは思いません。それはむしろ、彼らが「変わらない」と決めつけたい私の願望がただ投影されていただけではないかと思います。
 フィリピンやタイの新聞はもちろん目を通していますが、以前ほど些細な記事に心を乱されなくなりましたし、来週に迫ったフィリピンの中間選挙(上下院・地方選挙)にもあまり関心がありません。自分の研究プロジェクトの遂行しか考えられなくなった自分はフィールドワーカー失格なのかもしれないとか、自分は地域研究者から遠ざかりつつあるのかもしれない、と思いつつ、それでもいい、むしろそうありたい、と思っていたりします。

 明日から1週間、次の仕事のための東京研修を受けます。

 今朝、夜行バスで関西から東京に来ました。節約しているわけではないのです。新幹線が好きではないのです。速すぎるし、特に小田原~浜松間のトンネルは気分が変になってしまいます。もちろん、耐えられないほどではないので、仕事で出張するときなどはきちんと新幹線を使いますが、GW中や年末年始などの人の多い時期は決して乗りたくありません。
 夜行バスは長時間密室に閉じ込められるし、高速道路は高速道路で怖いのですが、しかたがありません。

 今朝は7時に新宿駅に到着し、3月まで借りていた新宿区のアパートにずっと置かせていただいていた自転車を取りに行って、飯田橋~四谷の外濠沿いをサイクリングしました。緑の香りがして、時折ツツジの香りがして、とてもすばらしかったです。

 1週間泊まる予定のホテルは浅草。勝手知ったる新宿か池袋にしようかと思ったのですが、浅草~入谷エリアにはたくさんのウィークリーマンション・スタイルの安宿があると知り、そこにしてみました。新宿で10平米の部屋に泊まる価格で、浅草ではキッチン付きの20平米以上の部屋に泊まることができるのですもの。

 浅草は四谷から自転車で50分程度。懐かしい永田町~溜池山王から、霞ヶ関、日比谷公園を抜け、東京在住中は何度もランニングした皇居沿いの道を走り、新装された東京駅中央口に出ます。私がもっとも苦手な駅・大手町も、地上から見ればシンプルなもの。なぜ地下街はあんなことになってしまうのでしょうかね。
 大手町から新日本橋、浅草橋を超えて浅草へ。
 GWで人がいっぱいでしたが、浅草、とても雰囲気のあるところ。外国人の友人が来るたびに案内しましたが、自分で来たことはありませんでしたし、雷門のエリア以外知りませんでした。でも、有名な合羽橋とか浅草ROXとか、それだけでなく蔵前~入谷までのさまざまな小規模商店、鮮魚店など、すごくすてきです。

 明日からの研修中は、浅草のこのホテルから永田町エリアまで自転車で通うつもりですが、おそらく40分もかかりません。東京の東側は土地が平坦で走りやすいですね。永田町から池袋に行くと50分はかかります。池袋のほうが浅草より都心っぽいのに。浅草からあと10分も走れば千住ですから、千住から霞ヶ関や永田町に通うというのもありでは? 雨の日は日比谷線を使えばいいのですし。私が以前に住んでいた板橋よりは、よほど都心に近そうです。次に東京の中心で働く機会があったら、千住か入谷に安く住んで自転車通勤、というのをぜひともやってみたいです。(とはいえ、世の中はよくできているもので、千住の平均家賃は板橋より高いのですよ…。)
[PR]
by saging | 2013-05-07 01:38 | その他