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Keso de Bola とは、 「表面は赤いのに中は黄色い」フィリピンのボール型チーズ。転じて日和見主義者。       かつてお世話になった、現地の言葉で「灯台」と呼ばれるマニラ湾岸のスラムを、ガラス越しに。
管理人sagingより
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住めば都
 周りの方々が「残暑」への不満を漏らす9月、私は去りゆく暑さがただ名残惜しくて、まだギンギンに輝く太陽の下で少しずつ国会議事堂付近の道路に銀杏の実が増えていくのを見るたびに、ただただ、かなしく思っていました。
 昨年秋、初めて永田町のいちょう並木の紅葉を目にしたときは、久しぶりの日本の秋の美しさにわくわくしたものですが、その後、すっかり葉を落としてしまった木を見るたびになんだか気が滅入って、冬の長さが耐えられなくて、3月に若葉の芽を見つけてからは毎日、枝の緑が少しずつ増えて議事堂を覆い隠していくのを日々、とても楽しみにしていました。
 今年は、紅葉を楽しめるでしょうか。あんなに長い間かかって葉をつけたのに、またあっという間に落ちてしまうなんて、そしてまた長い冬がやってくるなんて、考えただけでかなしくなってしまいます。道に踏みつぶされている銀杏の実と同じくらいかなしい。

 永田町は、いちょうの並木よりもっと移り変わりの激しいところです。わずか数ヶ月の間に、民主党代表選があり、新内閣が発足して、臨時国会が召集されて閉会して、間もなく次の臨時国会が開かれようとしています…。管総理はいつやめるのか、なんて言っていたのが昨日のことのようなのに。物事があっという間に先へ行ってしまいます。
 私がどの党のどの政治家の秘書をしているかはこのblogでは永久に伏せさせていただきますが、8月末に行われた与党民主党の代表選前の前後は、早朝から深夜までむちゃくちゃなスケジュールが続きました。でも、東京ってそれでも、一人で暮らしていける町なんですよね。どこにでもコンビニがあって当座必要なものはなんでも買えるし、24時間営業のスーパーも珍しくないし、電車は朝5時から翌朝1時まで走っているし。何度も未明にタクシーで帰宅しましたが、首都高速を使えば職場から自宅まで20分で着いてしまうという事実に驚愕。こんな大都会の真ん中に高速道路が通っているなんて。洗濯機が回せる時間帯に帰宅できなくても、街のあちこちに24時間営業のコインランドリーがあり、集荷・配達をしてくれるクリーニング・サービスもあるのです。
 都会万歳。都心大好き。
 マニラの中心地エルミタに3年間住んでいたときもずっと、そう思っていました。ジープニーも乗り合いタクシーFXも普通のタクシーも24時間びゅんびゅん走っていて、自宅から徒歩5分以内のところにコンビニが4軒、歓楽街の従業員を対象とした朝5時まで営業の食堂や焼鳥屋台なども豊富にありました。かと思えば、朝5時半開店のパン屋さんや食堂もあるし、7時になれば果物屋台が家の前に来るし。
 前職の契約を終えてフリー生活を満喫していたときはその反動で、銀行どころかATMもないようなフィリピンのど田舎の町に滞在し、タイではではバンコク都のはずれのタイ語しかできない知人のお宅にお世話になり(私はタイ語が日常会話くらいしかできません)、それなりに不便ではありましたが、そういう生活が楽しいと思っていました。田舎に行けば田舎最高って思うし、郊外に行けば(私の実家もかなりの郊外です)郊外素晴らしいって感じてしまうものなのでしょう。ゴキブリとネズミさえいなければ、マニラのスラムだって快適です。(いえ、いても快適です。まあ、ゴキブリのいないスラムなんて海沿いくらいしかないのですが…そして海沿いにはフナムシがいるのですが。)

 住めば都、とはよくいったものです。

 議員秘書になって1年が経ちました。
 いろいろありましたが、お蔭さまで私は、ずっと健康に過ごしております。自分が健康でなければ他人(特に上司)を支えることはできないということを実感する仕事ですので、私は常日頃、自分の健康を維持することに細心の注意を払っています。
 まず心掛けているのは、通常は70%くらいの力しか出さないことです。私は、政治家秘書としてはかなり休ませていただいているほうだと思います。疲れたら休む、ではなくて、疲れる前に休みます。欠勤するということではなくて、働かなくていいときは働かない、ということです。私は基本的には土日は出勤しません。金曜の夜に徹夜をしてでも(金曜の夜の電車に乗る苦痛を考えれば徹夜したほうがだいぶましです)、週末は自分の時間にします。平日もできるだけ早く帰りますし、自宅には仕事を持ち帰りません。
 …実際はそんなうまくはいかなくて、秘書というのは24時間秘書ですから、いつでも電話はかかってきますし、メールは来ますし、必要があれば深夜でも休日でも働きます。平日は上司のスケジュールをフォローしたり来客や電話の応対に追われるので、上司の講演資料を作ったりスピーチ原稿を書いたりといった作業ができるのは土日か深夜に限られてきますし、落ち着いて経理の計算をしたり職場の備品を買い揃えたりできるのもやはり土日になります。それでも、私はかなり休ませていただいています。私の上司は、四六時中ついて歩いてお世話をする秘書を必要とするタイプの国会議員ではありません。彼が秘書に求めるものや彼の秘書との距離のとりかたは、伝統的な日本の政治家とは大きく異なります。だから私は、いわゆる政治家秘書としての典型的なふるまいを身につけるよりも、政治家としては特異なキャラクターをもつ上司の特異な要求に応えるべく独自に勉強すること、そして、いつでも上司を支えられる健康で強い秘書でいられるために自分のwellnessを保持しておくことをプライオリティにしています。仕事以外の時間はできるだけ、やりたいことをします。本や論文を読んだり、勉強会に行ったり、人に会ったり、体を鍛えたり。

 先週末の三連休も満喫しました。例によって金曜日の夜から土曜日の午前中までかかって仕事(上司の海外出張準備)を終わらせ、午後からは電車好きの従弟(小学5年生)と一緒に鉄道フェスタ@日比谷公園へ繰り出しました。私は決して電車好きではありませんが(むしろ電車に乗るのは嫌いですが)、上司が大の鉄道ファンなので、なんとなく気になって。鉄道写真展の入賞写真展覧会が素敵でした。私は鉄道に乗るのは好きではありませんが、鉄道沿いの風景や鉄道のある風景を見るのは大好きで、「撮り鉄」である我が上司の写真作品に毎日満足していますが、全国レベルの入選作品はやはりすごいです。あとは、各鉄道会社の豊富な展示をあれこれ見たり、子どもたちを押しのけてグッズを買いまくる大人げない大人たちにドン引きしたり、路線図のプレート(?)を求めて長蛇の列をつくる鉄ヲタな人たちにあきれたりして、楽しみました。 
 そのまま、荒川沿いの「足立の花火」へ。例年は7月開催のようですが、今年は震災の影響もあって10月の開催となったようです。実は私は足立の花火の存在すら知らなかったのですが、日頃お世話になっている鍼灸師の先生方(私の東京生活における救世主です)のクリニックが足立区にあって、お声かけいただきました。8月の隅田川花火のときもお誘いいただいたのですが、民主党代表選の2日前だったため泣く泣く欠席。今度こそは、と楽しみにしていました。先生のお友達やご親戚や患者さんたち(私にとっては全員初対面)で集まって、10月の河原にブルーシートを敷いて、夕方5時からお酒を飲み、ガスコンロで湯豆腐とか水餃子とかつくって、幸せすぎる気持ちで50分間の花火鑑賞。その後、クリニックをにお邪魔して二次会。先生方をはじめ参加者が全員ものすごい酒豪とあって、持ち寄られたお酒はどれも全部おいしく、たいへん楽しい飲み会でした。
 翌日は(前夜の深酒も忘れて)朝からジムに行って、その後、靖国神社参道で開催されたタイ・フェスティバルへ。ソムタム屋台がなかったのが残念でしたが、ラープ・ガイ(鶏のひき肉ハーブ炒め)、冷凍のイサーンソーセージ(酸っぱい)、冷凍のチェンマイソーセージ(辛い)、ネーム(唐辛子入りの酸っぱく発酵させた生ソーセージ)、グリーンカレーの素、もち米、マクア(タイの丸い茄子)などを購入し、大満足でした。ネームは、バンコクならセブンイレブンで30バーツくらいで売られているのですが、日本ではなかなか入手できず、私はいつも、池袋の某タイ料理店の自家製のものを買っています。味が強いので、これ一本で生キャベツ半分くらい食べられます。ソーセージも、春雨やお米やハーブが練りこまれていてものすごくパンチのある味。存在感としては、ソーセージというより日本の「餃子」に近いかもしれません。これ一本で野菜もごはんもビールも進みます。おすすめ。バンコクに住んでいたときは、ホストファミリーがイサーン(タイ東北部)出身だったこともあり、2日に1回は食べていました。イサーンの彼女の実家から届いたソーセージの味は忘れられません。日本にも「タイ・ソーセージ(サイクロッ)」と「ネーム」が置いてあるタイ料理店はありますので、見つけたらぜひお試しを。

 あと、先週は、フィリピンに関わる某NGOの方々(いつも仲良くしていただいて感謝しています)との飲み会がありました。飲み会っていう言葉、私はあまり使わないのですが、あれは飲み会か酒盛りとかとしか形容しようのない会でした。だって、「日本酒飲み放題デー」という信じられない設定のあるお店に5時間近くいたのです。安かろうナントカじゃなくて、日本酒はしっかりおいしいし、店員さんが温かい感じでコミュニケーション好き。途中から、私がフィリピンで働いていたときに上司だった方々(現在は霞が関勤務)が合流し、NGOスタッフと、NGOが苦手なはずの彼らと、NGO出身なのにNGOが苦手な元「官僚の部下」の私と…というよくわからないメンバーで飲むことに。立場上はカウンターパートなので、お互いにいろいろあるのですが、なぜかウマが合うというのか、「フィリピン大好き」で繋がっているというのか、いえ、ただ「酒豪」というだけで繋がっているというのか、とにかく不思議なグループです。このインフォーマルさ、さすがフィリピン。5時間の会話の中でいちばん印象に残ったのは、
 「もうすぐクリスマスだねー。」
 「今年、クリスマスどうする?」
というやりとり×複数回。フィリピン人は8月末からクリスマスの話題で盛り上がりますが、普通の日本人は、10月中旬に「もうすぐクリスマス」なんて口にはしません。それを平気で口にしあえるのが、このグループ、すごいと思いました。(私はハロウィンの飾りつけを見るたびに「もうすぐクリスマス」って思いますけれども、「そういうこと思っちゃダメ、ここは日本だから」と一生懸命に自分に言い聞かせています。)
 結局、2軒目まで行って、午前1時まで飲みつづけました。忙しいに違いない元上司が最後まで付き合ってくれたことが、とても嬉しかったです。マニラで3年間、席を並べてずっと横で指導してくださった元上司。さんざん迷惑をかけ、それなりに叱られ、何度となく明け方まで働き、本当にいろいろありましたが、ずっと私のメンターでした。先の民主党代表選のときも、私は何度も、その上司から教えていただいた仕事の進め方、特に当時徹底的に叩き込まれたロジスティックの詰めのやりかたを思い出し、「こんなとき、彼だったらどう指示するだろう」と想像しながら働きました。実際にメールで助言を受けたりもしていました。

 最近はこんな感じで過ごしています。といっても実際はフィリピンにいた時に比べれば人と会う頻度は激減、以前のように日替わりでデートしまくったりもしていません。平日の夜はジムに行って帰宅するだけのことがほとんどですし、外食も月に2回くらい。日中は議員会館を出ることができないので、というか事務所を空けることができないので、この1年余り、昼食は必ず持参しています。議員会館内の食堂を利用したことがありません。
 ジムには、週5-6日通っています。東京のジムは早朝から深夜まで営業しているので助かります。仕事で混乱した心も頭も、30分ゆっくり泳ぐだけで落ち着きますし、週に数回のBodyCombat(格闘技系エアロのスタジオレッスン)なしの生活は私には考えられません。マニラでもバンコクでも参加していた、大好きなプログラムです。激しくて無理のある動きですが、鍼灸師の先生とジムのインストラクターにストレッチの指導をしてもらっているので、少々の無理をしたくらいではどこも痛めることはありません。現在の曲はこんなかんじ。
 http://v.youku.com/v_show/id_XMjkzNTI0MTk2.html
 (コピーペーストしてご覧ください。私はキックとムエタイが好きなので、9:55から始まるテンションの高いトラック3とか、29:20から始まるキック満載のトラック6とか、膝蹴りの激しすぎるトラック7とかは、もう病みつきです。蹴りのフォームや足を高く上げることに集中していると、仕事のことなんてすべて忘れられます。)
毎朝、起床時にこれらの音楽をかけたり、動画を見たりしてテンションを上げています。動画を見ただけで、走り出したくなります。
 最近はインストラクターに勧められて、タイでやっていたBodyPump(軽量バーベルを使った有酸素運動のスタジオレッスン)も再開したし、加圧トレーニング(インストラクターについてもらっての1対1でなくても自分でできるもの)も始めました。うっかりしていると、そのうちに長距離マラソンとかも始めてしまいそうです。
 村上春樹の影響でも、「I984」の影響でもないつもりですが、実はそうなのかも。

 私の普段通っているジムは会員数が制限されているくらい狭く、プールは18メートル、スタジオは一つしかありませんので、週末は自転車で帰宅のA羽支店にも通っています。A羽支店は巨大で、スタジオだけで3つあり、スカッシュコートがあり、メインのプールも2つあり、さらにはマッサージプールや露天風呂も充実していて、まるで一大アミューズメントパークのよう。最高にリラックスできます。(唯一の問題は、帰り際に、あの有名な立ち呑み屋「いこい」に立ち寄りたくなる誘惑を必死で断ち切らなくてはならないことです。)
 板橋区の我が家からは、A羽駅まで自転車でちょうど片道30分。「ジムに来る必要がないくらいの走りっぷりですよね」とインストラクターに笑われながら、通っています。私の好きなルートは、環七から中山道を北上して、本蓮根から西が丘サッカー場(夕暮れどきの競技場は最高に美しい)の横を通って、A羽台団地を遠くに見ながらKヶ丘の都営住宅(Kヶ丘中央商店街のレトロさは病みつきになります)の横を通ってA羽台に入り、マンモス団地とは思えない暗さのなかを抜けて、最後に一気に坂をおりてA羽駅に出るコースです。私も団地育ちなので、あの圧倒的な団地群はとても好きです。団地がとても「日本的」なものであることを感じます。
 板橋区と北区は、本当にいいところだと思います。東京とは思えない空気感があります。施設も多いし、子供も多いし、工場も多いし、外国人も多いし、平均所得は低いのかもしれないけれど(だからこそ23区なのに計画停電の対象エリアに指定されたのかもしれないけれど)、家賃も格安。板橋の我が家は、家具つきで25平米の分譲マンションなのに、家賃が管理費込みで月6万円。オートロックで、窓からの視界が良く、徒歩圏内にスーパーが4軒。駅まで徒歩13分ですが、自転車なら4分。そこから職場の最寄り駅まで地下鉄で約25分。乗り換えなし・直通です。1年前にいまの仕事が決まった直後、ネットで探して2日で即決した物件ですが、こんなにいい物件は、そうそうないと思います。なんといっても家具つきですよ。レ●パレスなどと同様、電化製品はもちろん、食器、寝具、タオルや清掃用品、洗剤まで入居時に完璧に用意されていました。海外帰りで家具を一切もっておらず、日本円の貯金も心もとなく、しかも急に仕事が決まったために2週間以内に引っ越さなくてはならなかった私は本当に助かりました。衣類や身の回りのものだけを入れた段ボール2箱だけをもって入居したのが1年前。内装は清潔で、管理会社も管理人さんも親切で、これまで、とても快適に暮らしてきました。

 ただ、そんな快適な我が家を、私は近く、出ようとしています。
 理由は、通勤電車です。私の利用している路線は東京メトロの中では一番すいているようで、普通に新聞を読めるくらいなのですが、それでもどうしても、慣れることができません。私が冬が来ることを恐れる最大の理由は、気候ではなくて、電車です。あの過剰な暖房と、密室の空気、人々の衣類が黒一色でしかないあの風景、それら衣類が数ヶ月も洗われていないものであること…考えるだけで気が狂いそうになります。誰にも、絶対に触れたくない。というか同じ空間にいたくない。梅雨や夏の通勤電車が嫌いと言う人はたくさんいるようですが、私にとっては、冬のほうが耐えられません。
 本当は、とても気候の良いこの季節でさえ、耐え難いのです。知らない人たちと同じ空気を吸って吐くことが耐えられない。地下の空気を吸いたくないし、密室の車内の空気はもっと吸いたくありません。前後左右に立っている人たち、同じ車両に乗り合わせた人たちのすべてを、汚い/気持ち悪いと感じてしまいます。そんな自分自身が嫌だし、自分はそんなにも人間が嫌いだったのか、どこか神経がおかしいんじゃないか、と、愕然としてしまいます。 電車ががらがらにすいている土日でさえ嫌だし、電車に乗る以前に、地下のホームに降りたつことにさえ、毎回、まず勇気がいります。もうずっと、平日の朝は、25分間ストレートで乗り続けられることのほうが少なく、途中の駅で降りてホームで休憩したり、駅の外に出て深く呼吸してからホームに戻ったり、1駅歩いてから次の電車に乗ったりしています。効率が悪すぎます。新聞を読んで気を紛らわせる、時間帯を変える、車両を変える、女性専用車に乗ってみる、始発駅まで行って座ってみる、音楽を聴く、BodyCombatの動画を見る…など、いろいろ試してみたのですが、どれもダメでした。本来であればドアツードアで40分のはずの通勤に、1時間半くらいかかっています。自転車のほうが早いくらいです。実際、気候のいい日は自転車で通勤しています。
 このままでは、冬を迎えられる自信がありません。
 自転車で職場と自宅を往復するたびにいろいろなルートを試しながら、新宿区なら、私の収入に相応しい物件が借りられるのではないかと思うようになりました。市谷がつくエリアはアップダウンが激しいものの、道を選べば快適。若松河田、牛込柳町、神楽坂くらいなら永田町から25分圏内です。新宿御苑や、曙橋より四谷寄りのエリアならさらに余裕。といえども、新宿区だって、板橋に比べれば家賃は高めです。早稲田までいくと安くなりますが、早稲田はさすがに遠すぎるかと。
 そもそも、「通勤電車が嫌だから」って都心に引っ越したいだなんて、甘えすぎなのかもしれない。1時間以上の通勤ならともかく、25分の電車に耐えられないだなんて、どこのお嬢様?って感じです。だって、みんな乗っているのに。みんなにできることが、なぜ私にはできないんだろう。こんなに多くの人たちが毎朝、普通に電車に乗っているのに。なぜ私は乗れないんだろう。私が東京に、あるいは日本に、あるいは社会に適応できないということなのか。「電車に乗れない」って、「挨拶ができない」以上に、社会人としての致命的欠陥なんじゃないだろうか。引っ越しは根本的な解決にはならないし、問題を先送りしているだけなのでは。
 この数ヶ月、何度も考えました。
 でも。適応って、いったいどうすればいいの?私は生まれてからずっと電車に乗れなかったわけじゃなく、5年前に●ヶ関で研修を受けていた時には、満員の丸ノ内線と西武新宿線を乗り継いで通っていたのです。いまだって、別にぜんぜん乗れないわけではなくて、混んでいてもなぜか平気で乗れる日もあるのです。逆に、ガラガラの休日でも絶対に乗りたくないと思うときもあります。そんな私は、いったい何をどうすれば、ふたたび平気で電車に乗れるようになるのでしょうか。 いまさらメンタルクリニックの戸を叩いて、「電車に乗れないんです」って相談すればいいのでしょうか? こんなに身体のメンテナンスに気を遣って、ジムで心身を鍛えているつもりなのに、体力と筋力には自信があるのに、いろいろ努力して、工夫しているつもりなのに、これ以上、何をすればいいの?
 ずいぶん考えました。そしてこう思いました。こんな思いをしてまで通勤電車に乗る以外に東京で働く選択肢がないのだとしたら、それは、私は東京では生きていけないということです。それが甘えと呼ばれるものであろうと、社会不適応と呼ばれるものであろうと、しかたがない。それが自分の限界なのだから。
 電車に乗らなくていい生活に切り替えよう。そのためにかかる費用は、好きなことをして生きていくためのコストとして割り切ろう。そして、もし引っ越してもなお困難があるようなら、この都市で働くことをあきらめよう。
 そう思い至った日に、いま住んでいる板橋の物件の退去届を出しました。あとは、2か月以内に物件を探すだけ。家具・家電をなにひとつ持っていないことも不安でしたが、とても幸運でありがたいことに、一部、友人から譲ってもらえることになりました。

 この「都」で健康に幸せに生きるために、もう少し頑張ろうと思います。
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by saging | 2011-10-16 23:43 | 仕事('10年~)