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Keso de Bola とは、 「表面は赤いのに中は黄色い」フィリピンのボール型チーズ。転じて日和見主義者。       かつてお世話になった、現地の言葉で「灯台」と呼ばれるマニラ湾岸のスラムを、ガラス越しに。
管理人sagingより
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Happy Valentine 2011
 新年を迎えてからあっという間に1ヶ月半が経ってしまい、旧正月まで終わってしまいました。いまさらですが、May 2011 bring us happiness and fulfillment in our personal lives as well as in our professional work. そしてHappy Valentine!

 バレンタインっていいイベントだなあと、つくづく思います。非日常的なコミュニケーションの機会を拡大してくれる、すばらしいイベントですよね。
 今年もチョコレート、いっぱい用意しました。私の現在の職場は2人体制で、父親より年上の男性スタッフと私しかいないのですが、日々お世話になっているカウンターパート(?)のなかにはたくさん男性がいらっしゃるので。

 マニラで働いていたときは、部署内に日本人女性が私しかいなかったので、毎年、周りの日本人男性たちに配っていました。それから、なぜか期待しているらしいフィリピン人スタッフにも。
 男性陣がホワイトデーのお返しに皆さんで一流ホテルのケーキを買ってきてくれたときは、とても嬉しかったです。切り分けてコーヒーを淹れて皆さんに出すのは私の仕事でしたけれども、それでも、嬉しかったです。

 その前の仕事(フィリピン人研修生の通訳)をしていたときは、バレンタインデーの朝、普段どおりに東大阪の工場に業務通訳に行ったところ、研修生の皆さん(男性)からバラの花束をもらいました。午後に行った日本語教室でもやはり花束をもらい、夕方事務所に戻ると、周りから「そんなに花束用意して、これからどこ行くの?」って感じの好奇の視線。フィリピンではバレンタインは男性から女性に花を贈る日なんです、と、必死で説明したのですが…。

 ちなみに、マニラで暮らしていたときの、フィリピン人男性たちからの毎年のバレンタイン攻撃は、ここには記述できないほどでしたので、自分の胸の中だけにしまっておくことにします。
 いえ、ほんとに。すごいですよ、フィリピン人。
 情熱を求める方はぜひフィリピンへ。
 覚せい剤使用の容疑者が潜伏するだけの場所じゃないですよ。
 
 先日のロイターの記事でこんなのがありました。
 ロイター、すごいです。

 でも、もっとすごいと思うのは、上の記事を見つけた直後、マニラ勤務中にお世話になった元上司にさっそくお知らせしたら、
 「それについては昨日、東京のフィリ●ン大使館からもメールが来ました。また、同じ部署の男性からも問いあわせがありました。上司もまじえて、メイド焼肉などについて、話をしていたところです。今度、どこにあるか取材します。」
というメールがすぐに返ってきたことでした…。

※メイド焼肉とは、メイド服姿の女性従業員がサービスしてくれるマカティ市某所の焼肉店のことです。
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by saging | 2011-02-13 22:33 | その他
長すぎる冬に思うこと
 クリスマスも年末も旧正月もすぎて、気がつけば2月中旬。日々迫りくる様々なことをこなしていくだけで精一杯な毎日ですが、お蔭さまで元気に過ごしております。食事はできるだけ自分で作っているし、大学生じゃないんだから睡眠時間はできるだけ削らないようにしているし、週5日は早朝でも深夜でもいいから時間をつくってスポーツジムに寄り、身体を鍛えるとともに精神をリラックスさせ、心身のバランスを保とうとしています。
どうしてもコントロールできない緊張とか不安はあるし、日々、仕事で出会う方々がことごとく「超人」なので、なんだか焦る一方なのですが、なんとかやっています。仕事はとても楽しいです。
 学術的活動のほうも、実に亀の歩みでしか進めていないのに、尊敬する先生方、先輩方のお蔭で、先日はN大学でフィリピン新政権について講演をさせていただく機会に恵まれました。某学会誌への寄稿依頼もいただきました。審査中の複数の科研のメンバーにも加えていただいています。ただただありがたくて、幸せです。これらの幸福を、きちんとお返ししていかないと。いつまでもボーっとしているわけにはいきません。

 ただ、日本の冬は長すぎます。もうかなり長い間、ずーっと冬が続いている気がします。
 日本は四季がある国とは言うけれど、1年の大半は冬なんじゃない?
 …そんなことを思ってしまうくらいです。
 東京の冬は、私の出身地の京都の冬よりはずっと暖かくて晴れの日が多く、日照時間が長く、空気も乾燥していて、洗濯物も気持ち良く乾きます。(京都の冬ってずーっと曇っていてすぐ雨が降るのです。)それに、私の住んでいるマンションの部屋は構造上とても暖かく、年末までは暖房を付けたことがなく、いまも、夜、帰宅後の2時間くらいしかつけていません。職場には大きな南向きの窓があり、晴れた日の昼間は明るい日差しのなか半袖で過ごせるくらいです。
 だから、私の体験している冬なんて、とってもあたたかいものだと思うのですが…。

 違うのです。寒いとか、寒くないとかいう問題じゃないのです。
 まずファッション。この冬が始まるまで、私は冬物をほとんど持っていませんでした。冬物のどこがお洒落なのか、いまだに、まったくわかりません。やっと買った冬用のスーツにも、夏・秋物のカットソーや半袖Tシャツを合わせています。ニットもコートも好きになれません。ニットはあの「すぐに洗えない感」が嫌いだし、コートは重そうで色が暗すぎて、ただの防寒具にしか見えません。コートは仕方なく買いましたが、12月中旬まではそれも着ず、タイで使っていたシルクやパシュミナのショール(20種類以上あります)で代用。
 1月早々にショッピングモールに行ったとき、冬服が一斉に70%オフになっていて、私は、
 「ああ、もう冬は終わりなんだ!」
と思い、来年のためにと思っていくつかの(冬服にしては涼しそうな)服を買い、コートをクリーニングに出しました。
 …冬を越すことがあまりに久しぶりすぎて、本当に寒いのは1月2月だということが思考からすっかり欠落していたのです。…それから1ヶ月がたった今も寒すぎる日々が続き、クリーニングから返ってきたコートと、「来年のために買った」冬服を着ています。
 雑誌を読んだり街を歩いたりしたけれど、冬のファッションって、結局、良さがわからないままでした。どうやって洗ったらいいのかわからない素材とか、すごく毛玉のできそうなニットとか、私には「無茶」としか思えないような重ね着とか。
 2月に入ってから、街のウインドウが少しずつ春仕様になって、ホッとしているところです。スプリングコートも買ったし、明るい色のスーツも買ったし(2月上旬にさっそく仕事に来て行ったら、顔見知りの方とエレベーターで会ったとき、「いくらなんでも気が早すぎ」って言われました)、毎回洗えるさっぱりした綿やポリエステルのカットソーも揃えています。早く春になってほしい。

 それから、冬という季節になってからいちばん耐えられないのが、通勤の地下鉄です。
 車内暖房がききすぎて、いつも空気が淀んでいます。朝5時台の電車に乗ってもすでに淀んでいるのはなぜ!? …車内が混み合っているときはときどき「いまから温度調節のため冷房を入れます」というアナウンスがあるのですが、冷房より何より、窓を開ければいいのじゃないかと思います。朝から全身が(肺まで)汚れてしまうような気がします。
 そして私は、他人と着衣が触れ合うことが嫌でしかたがありません。暑い東南アジアなら、ジープ(マニラ)や運河ボート(バンコク)のなかでこれでもかってくらいにギューギューに汗まみれで押し合っても、どうせ家に帰ればまずシャワーを浴びて着替えて、着たものはすべて洗うからいいと思えるのですが、コートやジャケットってシーズンに何度も洗わないものですから、他人と触れあうことに、ものすごく抵抗を感じます。特にファー。清潔感の欠片もないと思うので、もう、嫌でしかたがありません。地下に入るときも出るときも、全身に抗菌スプレーをかけています。
 というわけで、最近は、朝は1時間早く家を出て、途中の駅で降りてホームで休憩したり、場合によっては地上に出て次の駅まで歩いてからまた乗ったりしています。自宅の最寄り駅から職場までは9駅(23分)しかないのですが、その23分が耐えられません。防護服とか酸素ボンベとかが必要です。
 うまく言えないけれど、清潔でないもの、洗っていないものが苦手なのです。職場では、タイ製の肌に優しい消毒ジェルで30分おきに手指を消毒し、フィリピン製の強力な薬用アルコールでデスクや電話やドアノブを消毒しています。インフルエンザが怖いわけじゃないのです。怖いのは「人」です。

 こんなことを書くと「それは潔癖症」とか「それは強迫神経症」って言われるかもしれないけれど、私自身は決して日常生活に決定的な不便を感じているわけではありません。ただ、冬は生活がしにくい。ただ、それだけです。たとえば、冬の朝はなかなか起きられない人ってたくさんいるでしょう。でも、その人たちはいちいち、「冬に起きられない自分はオカシイ」と思って受診したりしませんよね。それと同様に、私は、23分間の地下鉄を耐えることができない自分のことを、そういうこともあるんだ、と思うことにしています。私は冬の朝でも普通に起きて1時間早く家を出られるし、場合によっては2時間早く家を出て途中でジムに寄ることもできます。そういうことはできるんです。そのぶん、他で不便が生じる。それだけのこと。

 そんなふうに日常生活のさまざまなところで不便を感じる人って、きっとたくさんいるんじゃないかと思います。でも、そのほかの部分でカバーできていて、そこそこフツーの日常生活をおくることができるなら、問題ないと思うのです。

 日本に戻ってきて驚くのは、そうした些細な不便とか不調とかを、まるで重大な病気や障害であるかのように問題視する人が多いということ。まだ罹っていないうつ病を心配しすぎておかしくなりそうな人もいるし、同年代の友人たちにきけば、子どもの言葉の遅れとかをすごく気にしてくれる周りの先輩ママたちへの対応だけで疲れるそうです。フィリピンのスラムにはものすごくたくさんの子どもが不衛生な路地で遊んでは病気になったり怪我をしたりしていたし、たくさんの病気の人がいて、みんな医療費で切羽詰まって困っていたし、その切羽詰まりようたるや日本の比ではなかったけれど、日本のような閉塞感はありませんでした。私が友人たちに、
 「スピードの早い乗り物には乗れないから長距離バスには乗れない。」
と打ち明けたところで、
 「まあ、そういう神経質な人っているよね。」
 「いるいる!」
 「だったらジープを乗り継げばいいんじゃない?」
 「なんならジープの運転手に50ペソ渡して『60キロ以上出さないで』って言えばいいんじゃない?」
と、誰もまったく気にも留めないのです。
 スタディーツアーで初めて貧しいコミュニティにホームステイしてショックで泣いて出てこない日本の女子大生とかがいても、
 「まあ、そういうことってあるよね。日本とは違うものね。」
でおしまい。

 いまさらながらに、私はフィリピンでとても大切なことを学んだと思います。超・月並みですが。

 フィリピンを思い出すたびに、あの暑さとあの海(この季節のダイビングは最高です)が恋しくなるのですが、フィリピンはフィリピンでかなり腹の立つことたくさんあったし、平気で人の心に入り込んでくる人たちに苛立っていたし、なにより汚くて不便で、あちらにいたときはずっと日本を懐かしく思っていたものだなあ、と思います。だから、いまも同じなのだと。相対的に「普通」とか「異常」なんてないのだから、こうやって暮らしていくしかないのだと。
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by saging | 2011-02-13 22:24 | その他