Keso de Bola とは、 「表面は赤いのに中は黄色い」フィリピンのボール型チーズ。転じて日和見主義者。       かつてお世話になった、現地の言葉で「灯台」と呼ばれるマニラ湾岸のスラムを、ガラス越しに。
管理人sagingより
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選挙と期待
 今日は、北海道5区の衆議院補欠選挙でした。
 明日は、フィリピンの全国一斉バランガイ選挙です。

 …同列に並べるなって感じですが、私は3年前のバランガイ選挙にものすごく燃えました。ケソン市B地区のスラムのバスケットボールコートに作られた特設ステージで、バランガイ議長に立候補している住民リーダーN氏が
「利用されるのはもう終わりだ!」
と叫び、Noel Cabangonが
「僕は将来を売らない。僕の票はとても大切なもの」って歌った瞬間に聴衆がすごい声を上げて拳を振り上げたあの晩、私は、全身の血の温度が上がるのを感じるくらいの昂揚感に包まれました。それが2007年10月。あれを超える感動にはあっていません。それくらいに感動を覚えてしまう集会でした。
 ちなみにN氏は、今年も立候補しています。
 N氏の活動するB地区のスラム一部は去る10月23日、強制立ち退きによって取り壊されました。首都圏の立ち退きなんてちっとも珍しくないのですが、同地区の住民組織は本当に強く、人間の壁をつくって撤去部隊と数時間も睨みあい、4人のリーダーが投石を受けて負傷。そのニュースは翌日のほとんどの主要紙に取り上げられていました。私も複数の友人たちからメールをもらって知り、びっくりして現地のリーダーたちに電話しましたが、
 「大丈夫。日本から祈っていてくれれば、それだけでいいから。私たちは勝つから、いまに見ていて。」
という、いかにもあの地域のリーダーらしく気が強い答えが返ってくるばかり。
 B地区はSM North EDSAやTrinomaのあるケソン市の一等地にあり、人間の壁が幹線道路EDSAを封鎖する形になったためにすさまじい渋滞がオルティガス地区にまで及んだそうで、私もフィリピンの友人たちから、
 「B地区ってあなたが入ってたとこじゃない? 大迷惑なスクワッターとして有名になったよ。」
と言われました。
 ちなみにB地区はエストラダ派の巣窟みたいな場所です。5月の大統領選直後、アキノ政権べったりのNGOが入ってきて、
 「アキノ政権になったからもう大丈夫、デモに行くのをやめろ。」
って説いて回っていたそうです。
 ぜんぜん、大丈夫じゃなかったじゃない! アキノ政権になった途端に立ち退きですよ。だったら、アロヨ政権のほうがましよ! 選挙前はNGOも政治家もいっぱい来てたけど、結局、誰も庇護してくれないんじゃない!
 …そりゃ、バランガイ選挙に自ら立候補するしかない、本当にそれしか道がないと、外から見ている私でも思いますよ。あれはひどい。
 アキノべったりのNGOの友人たちに、
 「アキノ政権、ぜんぜんpro-poorじゃないじゃん、よりによってB地区で立ち退き実施するって、大胆もいいとこでしょう。」
と言うと、
 「いや、あれはアキノ大統領の外遊中(ニューヨークでの国連総会出席中)に起こったことで、大統領の決断ではないはず…。」
とかなんとか。NGOのくせに、なんですか、その煮え切らない態度は。身内に甘すぎるよあなたたち!
 …でも、「リーダーの外遊中(それも、国連総会出席中!)に起こったことだから」を理由にしている…って批判、どこかの国にもそのまんまあてはまってしまう気がしますので、これ以上あれこれ言うのはやめておいたほうがよさそうです…。

 私は日本の日常の中で果たせない夢とかフラストレーションとかをフィリピンに被せて、勝手に期待していただけなのかなあ。日本の政治に深くかかわる仕事をするようになって、もちろん政治も選挙も大好きだし、日々、真剣に取り組んでいるつもりだけれど、私の現在の真剣さは、N地区のバランガイ選挙に向けるほどの熱い目線とか、心が震えるほどの共感とかには遠く及びません。「日本の有権者たる、自分と同じ普通の人たち」に対する自分の情熱の低さに、あきれてしまいます。いえ、もちろん情熱はありますが、フィリピンへのそれに比べてあまりにも低すぎるのです。
 「貧者のロマン化」的なスラム研究をいちばん嫌悪して、批判してきたつもりだったのに、私は自分の「見果てぬ夢」を勝手にスラムに投影して、フィリピンの人たちの行動を理想化して、自分がこうあってほしいと勝手に望む「民衆」像を、他国の貧困層の言動に勝手に読み込んでいるだけなのかもしれなません。
ここ2ヶ月くらい、ずっとそう感じています。

 もちろん、いまさら「自らの研究姿勢」に悩むほど私は繊細ではないし、たとえ悩んだとしてもそれをトロすることが許されるほどもう若くもないし、この週末もそういう感情を「なかったこと」にして学会発表をしてしまうくらいのずるさと器用さは身につけています。ほとんどのものごとは時間が経てばうまく消化していけるのだと思えるくらいの図太さも。そして、明日のバランガイ選挙でのN氏の勝利を祈れるくらいの図々しさも。
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by saging | 2010-10-24 23:01 | フィリピン研究
常識
 昨日、池袋の地下街を歩いていたらハロウィン・グッズがたくさん並んでいて、とっさに、
 「もうすぐクリスマスだなー。」
と実感。
 ……。
 数十メートル歩いてからやっと、その思考のおかしさに気づきました。
 私の脳内はいまだにフィリピンのようです。
 (解説:9月になるとラジオからクリスマスソングが流れ、10月にはハロウィン・グッズとクリスマス・グッズが一緒に並ぶのがフィリピン的常識。)

 …そんな私ですが、おかげさまで無事、東京で勤務を開始しています。

 あまりに多くのことが周りをかすめていき、かつ、些細なことについても全体像が見えず、まるで、初めて空を飛ぶプロペラ機を構成するひとつの部品を止めているネジになったような気分ですが、私はいまのところ、とても元気で、幸せです。

・住居はとても快適。分譲タイプの1K(25平米)なのに、家賃は共益費込で約6万円。
・おまけに、日本では珍しい家具・家電つき物件。アイロンや時計、寝具、食器までついています!
・周りは団地なので安心。最寄駅までの道は緑でいっぱい。
・自宅から職場まではドアツードアで40分。地下鉄で1本、乗り換えなし。
・職場の窓がとても大きくて景色が良くて、空がよく見えます。
・自宅の窓も大きくて、空がよく見えます。

 ここ1年以上、海外で、無職で気ままな生活をしてきましたので、「スーツを着てメイクをしてヒールのある靴を履いて電車に乗って定時に出勤するという当たり前のことが、ふたたび、自分にできるのか」ということが、ずっとずっと不安でした。
 でもいまのところ、当たり前のようにできています。

 東京の深すぎる地下鉄、特にラッシュアワーは第一の鬼門で、自転車通勤の可能性すら考えていたのですが、フィリピンでお世話になった元上司のIさん(霞ヶ関勤務)が、
 「Y線なら大丈夫。他線より混まないし、そんなに深くないよ。」
と教えてくださったので、その言葉を全面的に信頼して、Y線沿いに住むことにしました。Iさんご自身も今年3月に長い海外生活を終えてフィリピンから日本に戻られ、通勤ラッシュに耐えられずリサーチを重ねた結果、Y線がいちばん良いという結論に達し、自宅から20分歩いてY線に乗り、職場は霞ヶ関なのにわざわざ桜田門駅から歩いておられるとのことです。
 乗ってみて納得。7時台でも、覚悟していたほどは混んでいません。新聞を広げて読めるくらいです。地下鉄にしては浅いし、あまり揺れないし。「前後の列車との間隔」を理由にしょっちゅう遅れているようなのですが、遅れているといっても朝なら2分おきに来るのですから、京都人の私には、まったく気になりません。
 Iさんには、本当に感謝しています。

 普通に地下鉄を使って出勤することができて、仕事先で出されたコーヒーを飲んでも心臓がドキドキしなくて、車の助手席に座っても怖くない。そんな些細なことがとても嬉しくて、とても幸せなことだと思います。
 
 1ヵ月前は東京のすべてに違和感を覚えていて、そもそも人とうまく会話をすることができなくて、不動産業者の方々に日本語で雑談を振られることすら苦痛でした。そうそう、PASMOの使い方もこちらに来るまでまったく知りませんでした。
 なんだか私は、当たり前のことを知りません。非常識すぎる。海外にいたときも、ヘラルドトリビューンと日本の主要各紙のウェブサイトはチェックするようにしていたし、向こうで手に入る日本の週刊誌のまとめ読みもしていたのですが、そんなことでは全然足りませんね。あたりまえですが。自宅で日経を取るようになって(職場には主要紙が全部あるし)、本当にそう思います。日本の新聞紙面の情報量ってすごい。
 あと、TVも意識してみるようにしています。私は実はTVが好きではなく、フィリピンの仕事場で1日中ニュースチャンネルをつけていた以外は、日本でもフィリピンでもほとんどTVを見ませんでした。マニアックなフィリピン関係のドキュメンタリーと、関西圏限定の金曜夜のお楽しみ番組「探偵ナイトスクープ」は見ますが、それ以外はTVをつけもしません。その結果、日本の有名なTVパーソナリティも、有名な討論番組も知らないというお粗末なことに。それは仕事上も非常にまずいので、これからはできるだけ、自宅でもTVをつけるようにします。

 日常生活も仕事も、すべてがあまりに新しくて、これまでとは違いすぎて戸惑っています。
 そんななかで、ほとんど唯一リラックスできるのが、スポーツジム。さらなる体力増進に努めるため、さっそく、早朝から深夜までの営業かつLesMilles社のBody Combat(格闘技系エクササイズ)のクラスのあるジムに通っています。LesMilles社のBody Combatは、フィリピンでもタイでもずっと受けていた全世界共通のプログラム。リラックスどころかかなり激しい有酸素運動なのですが、世界中のどこでも同じ音楽、同じコリオグラフィーで動けるということが、とても身体を安心させてくれます。1年前、フィリピンからまったく知らない外国であるタイに移動した時も、LesMills社のプログラムにはたいへんお世話になりました。どの国に行ってもマクドナルドに入ると安心する、という話をよくききますが、それと似ているかもしれません。

 あと、ヤマハの中古ギターを買いました。お天気のいい日に、近くの公園で練習します。
 
 フィリピンとも、もとより「研究」ともほとんど関係のない仕事に就きましたが、できるかぎりにおいて、フィリピンとの関わりも、もちろん研究も、続けていきたいと思っています。今月は某学会の例会、来月は国際学会での報告の機会をいただいています。がんばります。

 今後ともこのBlogは、研究や勉強(研究未満のこと)、フィリピンのこと(未練たっぷり)、日常のことを記述するために続けていきたいと思っています。これからも、どうぞよろしくお願いいたします。
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by saging | 2010-10-03 22:56 | その他