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Keso de Bola とは、 「表面は赤いのに中は黄色い」フィリピンのボール型チーズ。転じて日和見主義者。       かつてお世話になった、現地の言葉で「灯台」と呼ばれるマニラ湾岸のスラムを、ガラス越しに。
管理人sagingより
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Aking Gitara(私のギター)
 ギターを弾くことは、私の夢のひとつでした。まず弾いている姿がかっこいい。笛やバイオリンのようにメロディしか奏でられないわけではなく、きちんと伴奏になる。それなのに、ピアノやオルガンのように場所を選ぶわけでもない。…万能すぎる楽器だと思います。
 ギターを弾く人がとても多いフィリピンに住むようになってからは特に、私はものすごくギターに憧れるようになりました。なんとかして自分も、と思ったものの、これまで、日本でもフィリピンでも「簡単だよ」と言われて何度も手に取るたび、1時間以内にあきらめ。前の職場で働くようになって間もなく、近所のギター教室にも登録してみたものの、午後7時の最終レッスンに間に合う日がなく、1回しか出席せずにあきらめ。

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 しかし、フィリピン滞在もあと4ヶ月となった今年4月、私は今度こそなんとしてもまじめにギターを練習してみようと思い立ちました。「ついに君もやる気になったか!」と発破をかけてくれた友人から譲り受けたのは、ハリソン・プラザ(三流ショッピングモール)で800ペソ(約1600円)のフォークギター。どこから見ても安物そのものですが、高いギターを買ったところで続けられるかどうか、まったく自信がなかったのです。
 知人の紹介で、PUP(教育大学)音楽学部の大学生の先生に師事。気合いの入った先生自作のノートで、ドレミの弾き方からアルペジオ、コード理論、指の使い方から手首のフォームまでみっちり教えていただきました。私の頭に入ったかどうかは別にして、先生の指導は素晴らしかったです。ギターでのドレミをまず習い、そのあと、ピアノのそばで、ピアノの「和音パターン」と対照させながらコードを一緒に習ったことで、私は初めて、コードの意味と、どうしてコードをそのように押さえればよいのかという初歩的な点(これまでテキストを読んだだけでは理解できなかった)を体得することができました。
 でもギターはやっぱりそう簡単には弾けません。指先は痛いし手は攣りそうだし、大変。アルペジオも苦手です。それに、何をするにもピアノを基本にしか考えられない私は、いまだにTAB譜が読めず、譜の下に五線譜かカタカナでドレミを書かないとどうにもなりません。(フィリピンの先生はついに私にTAB譜を読ませることを諦めてくださいました。)
 
 フィリピンで教わった曲は、「喜びの歌(第九)」のメロディとコード、Happy Birthdayのメロディとコード、フィリピン民謡Bahay Kuboのメロディとコード、そしてなぜか滝廉太郎の「荒城の月」(きっと、先生の間違った日本理解のせいです)。
 「ちゃんと家で練習してきたら、eraserheads(私の好きなバンド)の”Para sa Masa”(私の大好きな曲)を弾けるようにしてあげるからね。あれならコードも簡単だからね。」
と甘い言葉をかけられながら「荒城の月」を練習し、結局私は、"Para sa Masa"のpaの字も弾けないままに、800ペソのギターを抱えて日本への帰国を迎えることになりました。

 ギターを習ったメリットは、Noel Cabangonのギターさばきの美しさに感動できたこと。これまでは声しか聞いていませんでしたが、ギターへの指の這わせ方が芸術的であることに最近気づきました。すごい。どうしたらあんなに指が動くのでしょうか。

 日本に帰ってきてからも、まあまあ、練習しています。ほとんどの曲はコード表を見ただけで「ムリ!」と思ってしまいますが、60-70年代フォークのなかで特にコードが簡単な「なごり雪」とか「戦争を知らない子供たち」とかは、なんとかなります。それに、あの時代の歌なら、父と一緒に歌えるというメリットもあるので、頑張れます。
 ほかに、コードが簡単な曲、あるいはゆっくりめの曲をご存知の方は、ぜひ教えていただけましたら幸甚です。

 800ペソのギターは本当に安っぽく、フィリピンですら「そのギターはちょっと…」と言われるほどでした。歌う詩人のJess Santiago兄とケソン市のショッピングモール内に行ったとき、彼は私にギターを選ぶ気満々で楽器店に入り、専門用語を連発しながら次々と店内のギターを試し弾きし、約1時間後、5,200ペソ(約15,000円)のクラシックギターをチョイス。Martinesっていうメーカーでした。5,000ペソってフィリピンでは高いけれど、日本でこのクオリティのギターは5万円でも手に入らない、と彼は強調。 マニラで買ったところで日本に持ち帰るのが大変だから(ハードケースは本体より重くて高い)とそのときはさすがに断りましたが、自分自身の士気をあげるためにも、もう少しましなものを日本で買おうとも思っています。
 そして、あの名曲、"Para sa Masa"を弾くのです。
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by saging | 2010-09-07 02:02 | フィリピン(全般)
フィリピン・インディペンデント映画"Donor"
7月、Cinemalaya(フィリピン・インディペンデント映画祭)で4つの作品を観ました。”Ang Paglilitas ni Andres Bonifacio”と、”Magkakapatid”と、”Donor”と、”Sigwa”。
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 ”Donor”はとても良かったです。キアポで海賊版DVDの売り子をしている女性がアラブ人と婚姻して腎臓移植を受け、その挙句に…というストーリー。腎臓を売る理由は「街のポスターで見かけた『アラブでのDVD販売員の仕事』に応募したいが、そのための準備金がないから」。でも、フィリピン人から外国人への腎臓移植はいまや違法で、それを逃れるために偽装結婚。彼女には同棲中の夫(のような人)がいるのですが、これがまたどうしようもない男で、臓器移植+偽装結婚の計画を打ち明ける彼女に対し、「ふーん、金が入るならいいじゃん」と同意。ろくに働かずいつも彼女に金をせびり、避妊してほしいとの要求を無視した挙句に妊娠させます。そして妊娠を知った主人公は、これまた淡々と、違法人工中絶を選択。
 身体を犠牲にして決断しなくてはならない事項が、いちいち、とてつもなく重すぎるのに、それらに軽々しく淡々と同意してしまえる主人公と周りの人々の異常さが猟奇的で、でも、それはフィリピン貧困層の常識においては決して異常ではない、むしろ普通だ、というところが、ものすごく効果的に描かれていて、言葉を失いました。
 臓器売買という流行りのテーマを扱っただけのストーリーかと思ってあまり期待していなかったのですが、この映画の主眼は臓器売買や違法人工中絶そのものではなく、それらの背後に横たわる「貧しくてどうしようもない人たち」の「どうしようもない思考回路」なのだろうと思いました。移植手術の直前、病院の個室で麻酔薬を飲む彼女の傍らでバラエティ番組を観ながら笑い転げる親戚とか、彼女の退院日を忘れて飲んだくれる夫だとか、初めて出会う中絶手術者(医者ではありません!)に平気で金を払って身体を任せる主人公だとか、すべてが、見ているこちらが気が狂ってしまいそうなくらいにおかしいのに、すごいリアリティ。彼らのことを無教育だとかインモラルだとかいって批判することは簡単だけれど、そんなことをしても何も解決しない。法を変えればいいわけではないし、罰則を強化すればいいわけでもありません。
何よりも、ああいう重大な決断を"O, sige."の一言でしてしまえるところとか、手術を受けたあとの主人公があっけらかんとしているところとかが、すごいリアリティでした。貧困って、まさにこんな感じ。貧困って、日本人のつまらない監督が撮ったつまらないゴミ捨て場の映画のようなものじゃない。物質的なことじゃなくて、物事に対する感じ方とか、判断基準が「私たち」と異なることがまさに貧困で、私たちが直面するリアリティなのです。"Donor"は、「貧困」を強調するような衝動的で押しつけがましい「貧しい人の映像」なんてひとつも出てきません。ありふれたキアポの下町や、ありふれた暗い家が描かれるだけ。そんな普通の風景のなかで暮らす人たちのどうしようもない貧しさが、すごくうまく描かれていたと思います。
 私はまったく映画に詳しくはないのですが、この作品は、細部の演出も魅力的でした。特に、これまで会ったこともない、そして言葉も通じないアラブ人と結婚する主人公の心の揺れが、台詞のないシーンのそこここに、素晴らしく散りばめられていました。ラストシーンも、決して「びっくり」でないものの、ああ、そう見せるのか…と感嘆してしまいました。
 10‐11月ごろにマニラの一般の映画館で公開される予定だそうですので、その頃にフィリピンにいらっしゃる方は、ぜひ。

 ”Sigwa”は、70年代の学生運動のFirst Quarter Stormの時期ににフィリピンを訪問し、活動家になってしまったフィリピン系アメリカ人ジャーナリストの女性のストーリー。アメリカに強制送還された彼女は、35年ぶりにフィリピンを訪れ、かつての活動家仲間に再会します。いまもゲリラ部隊に所属する現役活動家、マニラで合法的抗議活動に参加するプチ活動家、すでに田舎で静かな余生を過ごす元親友、そして、どういうわけか大統領府報道長官を務めている友人、内部粛清で死んでいった人たち。ストーリーはきわめて凡庸で、台詞も演出もかなり陳腐。特に回想シーンはひどく、あまりに先が読めてしまうので、映画としてはつまらなかったのですが、学生運動の再生フィルムとしてはまあ、おもしろかったです。あと、大統領府報道長官を演じた役者の演技がすごかった。話し方が元報道長官のブ●エにそっくりでした。ホンモノかと思いましたよ。必見です。こちらも10‐11月に公開予定。
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by saging | 2010-09-06 00:15 | フィリピン(全般)
演劇”Sundan Natin Si Ever-san! (エバーさんに続け)
7月には、舞台演出家・吉田智之さんの演劇作品もマニラで観賞しました。
 今回の作品は、内田春菊脚本の”Sundan Natin Si Ever-san! (エバーさんに続け)”。「エバーさん」は、日比EPAの枠組みで来日後、わずか9ヶ月で日本の国家試験に合格したフィリピン人看護師(実名)。舞台では、エバーさんに続こうと猛勉強するフィリピン人看護師らと病院の先生の奮闘ぶりが演じられます。エバーさんのストーリー以外はフィクションで、吉田さんもお得意の卑猥なジョーク(吉田さんのせいなのかフィリピン人の役者が悪ノリしているのか…)をたっぷり散りばめたコメディです。看護師たちが漢字を覚えるシーンやフィリピンの家族とチャットするシーン、日比混血児問題の認知、日本の現代社会の諸問題なども織り込みながら、舞台は最後までドタバタ。
 こちらに、共同通信マニラ支局の記事があります。

 日本では非公開ですが、監督の吉田さんのご判断とフィリピン側との調整によっては、日比EPAによる「人の移動」にご関心のあるNGOや大学などでDVDの上映会を企画することができるそうですので、ご関心のある方はぜひご検討ください。(ただし、卑猥さのレベルはかなりのものですので、そのあたりをクリアできる場合に限るのですが…。)劇中の言語はタガログ語で、劇場スクリーンに日本語字幕が出ます。
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by saging | 2010-09-05 23:06 | フィリピン(全般)