Keso de Bola とは、 「表面は赤いのに中は黄色い」フィリピンのボール型チーズ。転じて日和見主義者。       かつてお世話になった、現地の言葉で「灯台」と呼ばれるマニラ湾岸のスラムを、ガラス越しに。
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続・ポピュリスト
 前回の投稿ではあまりに一方的な感想を書いてしまったので、別の意見もということで、ここにご紹介させていただきます。

 就任式の3日後、ケソン市の某農村開発NGO内のオーガニック・カフェで行われた、ある友人の誕生日LIVEに行ってきました。この某農村開発NGO、日本ともかかわりがありますが、私がお付き合いいただいているのはその中でもきわめて政治的な方々++某政党の方々++…です。私がフィリピンでいちばん心地よくいられる場所は、たぶんこのインナーサークルです。彼らとおしゃべりしたり黙って音楽を聴いたりしながらビールを飲むのが最高。(オーガニック・カフェながらサンミゲルは飲めます。)前の職場で働いていたときでさえ、ときどき、21時に仕事が終わってから1時間以上かけてケソン市に行って、彼らの演奏を聴きながら夜更けまで…という楽しみ方をしていました。ここで知り合ってから研究や仕事でお世話になった人は数知れず。この間、あるフィリピン研究の友人に
 「どうやって活動家と親しくなって話を引き出せばいいんですか?」
と聞かれたので、自信を持って、
 「ライブハウスに頻繁に通って飲みながら知り合いをつくる。で、知り合いになったらまた飲みに誘う! あと、グループで家に呼んで飲ませて仲良くなる!」
と答えたら、
 「ぜんぶお酒ですか? 私、飲めないんですけど…。」
と言われ、自分がいかにコミュニケーションをお酒と音楽に頼っているかを改めて認識してびっくりです。

 さて、この日は、80年代シンガーやConspiracy Caféの常連さん、70sビストロのオーナーまで参加して盛り上がり、20時から0時までエンドレス。
 その後、そこから徒歩10分ほどの小さなバーで開催されていたSusan Fernandez(アクティビスト系シンガー)の一周忌LIVEに皆で移動。すでに真夜中ですがまだまだ人がいて、7年前にフィリピン大学で一緒だったクラスメイトとも偶然に再会。常連客らしいコラムニストの皆さんや、Susanの前夫のフィリピン大学のM先生とお話して、まったりしていると、3日前の大統領就任式で3曲も歌った、あのNoel Cabangonが登場。あの日あの場所でフィリピン人シンガーの頂点に立った彼ですが、普段は、毎週水曜日にConspiracy Caféで細々と歌っている普通のアクティビストシンガーです。見た目は完全に普通のおじさんだし。
 「わー、有名人が来たー!」
と皆が冷やかすと、就任式の舞台でやった振付を披露してくれました。あんなところで歌って緊張しないのか、と聞かれても、
 「それが、しないんだよねー。シンガーだから。」
と、普通の様子。
 私は以前、彼が私の調査地のスラムでバランガイ選挙のために歌ったときに彼にインタビューをさせていただいたことがあり、また、普段からConspiracy Cafeに彼の演奏を聴きにいっていますので、さっそく近づいて、ここぞとばかりに質問を。
 「どうしてNoynoyのために歌うことにしたのですか?」
 「今回の選挙キャンペーンでいったい何回歌いましたか?」
 「最初に歌った曲はNoynoyのキャンペーンのための書き下ろしですよね? 今後、あなた個人のライブでも歌うんですか?」
などなど。彼は終始リラックスした感じで答えてくれたので、さらに核心を突こうと、
 「今日の新聞コラムで、『就任式はまるでポップコンサートだった』と書かれていますが、あのプログラムは良かったと思いますか? そして、Noynoyの就任演説の『腐敗をなくすため自分たちから変えていこう、ルールを守ろう』という呼びかけとあなたの曲は深くリンクしていますが、あのメッセージは人々の心に届いたと思いますか?」
 彼の答えは、
 「ルールを守りましょうというメッセージ、あれはただのお説教ではない。Noynoyの就任演説で使われたタガログ語は非常にコロキアル。単に英語に直訳しただけでは伝わらない深い意味をもっている。たとえば、”Walang lamangan, walang padrino at walang pagnanakaw. Walang wang-wang, walang counterflow, walang tong.”というフレーズのwang-wangには、車のクラクションをブーブー鳴らすという意味もあるが、VIPらがサイレンをつけて渋滞を回避することであり、それは、フィリピン的文脈を知らない人には理解できない。Wang-wangは、地位を利用し、権力を濫用し、規則を無視して大衆を蹴散らすことの象徴でもある。クラクションをむやみに鳴らすのをやめましょうという呼びかけと、そして、権力者への批判と、両方の意味があるのですよ。別の個所も同じことです。」
 そこで私はさらに挑戦的に、
 「あなたが『規則に従いましょう、行列には並びましょう』と歌っていたとき 大衆は歌詞は聞かずに押し合いへしあいしながらただ音楽を楽しんでいたし、Noynoyが『渋滞も我慢しましょう』と呼びかけたとき、大衆は『大統領スピーチが始まったから間もなく終わりだ、渋滞する前に帰ろう』と言って席を立って出口に向かっていたのですよ。もしWang-wangに2通りの意味があるなら、届くのは権力批判のほうだけではないですか? 『自分たちが貧しいのは金持ちが汚職しているせい』と思っている人々は、『偉い人』の汚職を、特にアロヨ政権の腐敗を糾弾することは喜ぶけれど、『まず自分たちの行いから変えましょう』というメッセージは、汚職が埋め込まれた彼らの日常には届かないのでは?  もしNoynoyが、あなたの歌を使い、まるで幼稚園の先生のように『列には並びましょうね、渋滞も我慢しましょうね』と呼び掛けることで大衆を変えられると本気で思っているなら、それはナイーブすぎるのでは?」
Noelの答えは、
 「自分はステージのあちら側にいたから、Noynoyのスピーチ中に帰路につこうとしていた大衆のことなんてもちろん知らないし、もしそれが本当ならショックだ。でも、Noynoyのスピーチに感銘を受けた大衆もいるはず。大統領がサイレンを鳴らさないことで、庶民が自分を反省して規則を守るようになると考えているほど自分はナイーブではないけれど そう信じるしかない。そう冷笑的な見方をしないでほしい。少なくともアロヨよりましだ、というその一線において自分はNoynoyを支持してきた。彼がこれまでClub Filipinoなどで行ってきた難しいタガログ語を散りばめた演説よりも、幼稚園の先生みたいであってもコロキアルに語りかけるほうがずっと良い。あの演説を英語に直せば、外国人は何をレベルの低い、とあきれるだろうし、外国の賓客は『就任式なのに歌いすぎだろう』と思ったかもしれないけれど、フィリピン的文脈においては、じゅうぶんに評価されるべきことなのです。」
というものでした。
 
 もちろん、私は納得しないままです――。「フィリピン的文脈」などという理屈をもちだしてくるのも、Wang-wangがコロキアル・タームだから大衆に届くはずと安直に思いこむのも、ミドルクラス的だなーとしか思えません。彼らの想定する大衆って、いったいどこにいるのか。単なる幻想なのでは? 目の前にいる、ルネタ公園で押し合いへしあいしていた、リアルな大衆を本当に見ているのかな?と思います。就任演説にかぎらず、私がキャンペーン中からNoynoy陣営に対して覚えている違和感、そしてこの新政権に対して感じている物足りなさは、そこに行き着くのだと思います。手ごたえがないというか、空虚な言葉が空回りしているだけというか。

 外国人のくせに、そしてタガログ語専門家でもないのに偉そうなことばかり言ってごめんなさい。いやな顔せずに聴いて答えてくださってありがとうございます、Noel. 私はNoynoyの愛すべきキャラは好きですし、もちろんNoelの熱い魂も彼の語りかたもとても好きで、尊敬しています。来週またNoelの演奏を聴きに行こうと思います。友人たちへ、いつも素晴らしい時間をありがとう。これからもよろしく。
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by saging | 2010-07-03 19:24 | フィリピン(全般)
ポピュリスト
 昨日、ノイノイ・アキノ(以下Noynoy)新大統領が就任しました。
 私は、午前中はキリノ・グランドスタンドでの就任式を、夕方からは新政権発足を祝うケソン・メモリアル・サークルでの野外コンサート(Street Party)を見に行きました。もちろん、Noynoyを見に行ったのではなく、そこに詰めかける人々を見に行ったのです。

 …エストラダを超えるポピュリスト大統領が誕生したかと思いました。

 まず午前の部。当然ながら、就任式の行われるキリノ・グランドスタンドに立ち入ることができるのは招待客だけ。しかしグランドスタンドに隣接するルネタ公園はオープンスペースで、一般の支持者が詰めかけることができるようになっていました。あちこちにスピーカーや大型スクリーンが設置され、どこにいても、中央ステージの様子が見られるようになっています。
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 有名な「カラバオ像前」でセキュリティチェックが行われます。
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黄色のピエロっぽい人がいました。

私はケソン市のスラムからいらっしゃった方々と一緒に参加させていただきました。覚悟はしていましたが、周りはぎゅうぎゅう。そして、前夜の雨のせいで足元はドロドロ。
プログラムは11時前に始まったのですが、大統領・副大統領の宣誓式に持ち込むまでの1時間は延々とミュージック・パフォーマンス。国歌斉唱、Bayan Ko斉唱…ここまではいいとしても、Noynoyのキャンペーンソングの合唱(もう選挙は終わったのに!)、APO HIKING SOCIETYにChristian Bautistaなどなど…。
 外国からの賓客も来ているというのに、とことんフィリピン・スタイルのエンタテイメント・ステージ。ラモス・ホルタをはじめ賓客の方々は、いったいどのように受け止めたのでしょう。

 Noynoyのキャンペーンにも付き添ってきたアクティビスタ系シンガーのNoel Cabangonは、Noynoyの第二のテーマソングのようになっている”Pagka ako’y isang mabuting Pilipino(善いフィリピン人は…)”をはじめ3曲を熱唱。
 「横断歩道を渡りましょう。」
 「道にごみを散らかすのをやめましょう。」
 「行列には並びましょう」
と歌で呼びかけたのですが、彼の押しつけがましい歌詞なんて聞いちゃいません。押し合いへしあい、
 「おい、そこ、旗を振りかざすのやめろよ、スクリーンが見えないだろ!」
 「私は旗を振るために来たのよ。振りかざすべき旗もない人間が、何言ってるの?」
などと、そこここで喧嘩。
 「フィリピンを愛するなら、ルールを守ろう」
というNoelのメッセージもむなしく、まったく当事者意識に欠ける大衆なのでした。
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 ルネタ公園に集まった人々。それぞれに思いはあるのでしょうが、基本的には、ステージ・パフォーマンスや俳優クリス・アキノ(Noynoyの妹)の一挙一動にしか興味がなく、無料で配られていたリストバンドなどのグッズを奪い合い、お菓子の配分について喧嘩し、神聖な「宣誓式」の最中に大声でおしゃべりし、Noynoyの就任演説が始まると、
 「もうすぐ終わるぞ、渋滞するから早く帰ろう」
とのリーダーの号令で会場を後にする人多数。Noynoyは演説の中で、
 「皆さんも渋滞にはイライラしますよね、でもルールは守らなくてはなりません。」
と呼びかけていたのですが、残念ながら、貧困層は聞いちゃいません。
前政権の不正を追及するとの強い姿勢を示し、
 「汚職がなければ貧困もない!」
と呼びかけるNoynoyに拍手した大衆ですが、それは単純に
 「政治家が汚職してるから自分たちは貧しいんだ」
 「アロヨの腐敗は度を過ぎてるよね」
という意識に基づいているから。まさか自分たちが汚職の温床だなんて思っちゃいません

 夕方からは野外コンサート。応援してくれた有権者らに還元するために新大統領が企画したコンサートとの触れ込みですが、もちろん、クリス・アキノとABS-CBNの仲間たちが企画したに違いありません。TVで見ればいいのですが、この日のためにNoynoy本人もソロで歌う練習をしてきたとのことなので、それはぜひ生で聴かないと…という野次馬根性丸出しで、私も参加しました。
 自由党幹部のCさんや友人たちと一緒に8時に会場入りしたのですが、すでにものすごい人混みで、ステージに近づくどころか、ステージからはるか離れたところに設置された巨大スクリーンが見える位置まで近づくのが精一杯でした。集まっているのは若年層を中心とした、Tシャツにゴム草履履きの庶民。友人たちと手分けして何人かにインタビューしたのですが、Noynoyに投票した人は少数派。
 「ただコンサートが見たいから来た」
と答える方が圧倒的でした。

 次々とステージに登場する豪華ゲストの歌やダンス、コントなどに観衆は大興奮ですが、会場はぎゅうぎゅう。雨も断続的に降りつづけるので、全身びしょびしょ、足はドロドロ。雨の中でタテノリとかしちゃうものですから、ますますドロドロです。相変わらず人々は割り込み放題で、
 「傘たため! スクリーンが見えないぞ!」
という怒号が飛び交ったり、音響設備によじ登ったり、挙句の果てには服を脱ぎだしたりと、まるでカオス。
 そんな中、2時間待ってもNoynoyは登場しません。いい加減帰りたくなってきましたが、自由党幹部のCさんの手前、そんなことは言い出せません。Cさんは新政権の閣僚になってもおかしくない人で、実際、コンサートの直前まで、新閣僚の数人とご一緒でした。が、
 「僕は閣僚じゃないし、彼女たちと一緒にVIP席で見るのは嫌なので。」
と、大衆と共にステージのはるか遠くから雨に打たれて観賞することを選んだのです。人間、できすぎです。ぜひこういう方に、上に立っていただきたい。
 
 結局、Noynoyは11時前になって2曲歌いました。1曲はJazz…どう盛り上がっていいかわからない微妙すぎる選曲。2曲目はフレディー・アギラのEstudyante Blues…またも微妙。でもともあれ、自ら歌うというエンタテイメント精神はすごいと思います。

 Noynoyは確かに、「ばらまき」はしません。しかし彼だって大衆の心をつかむ必要があるわけで、そのためには、エンタテイメント的要素を使っての有権者に精いっぱい迎合しなくてはならないわけでしょう。
Noynoyはことあるごとに
 「自分は皆さんと同じ普通の人間です」
と繰り返します。それはパフォーマンスだけではなく事実で、キャンペーン期間中も、隣に座る副大統領候補のロハスの洗練された身のこなしに対して、彼はいかにも凡人と言った感じでした。でも、凡人であることと、「庶民の心に近い」こととは違います。音楽で楽しませ、良心に訴えるだけで、人々がルールに従うなら、そんな簡単なことはないのに。
 「汚職がなければ貧困もない!」
というスローガンは、なんとなく彼の「世間知らず」を体現しているようにも見えるのです。
 TV放送では、あたかも幅広い階層の市民がNoynoyのために集まって盛り上がっているように映し出されていましたが、大衆の意識は、これまでと何も変わらないと思います。


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 おまけ。ルネタ公園のそばに停まっていたトラック。突っ込みどころ満載。
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by saging | 2010-07-01 19:41 | フィリピン(全般)