Keso de Bola とは、 「表面は赤いのに中は黄色い」フィリピンのボール型チーズ。転じて日和見主義者。       かつてお世話になった、現地の言葉で「灯台」と呼ばれるマニラ湾岸のスラムを、ガラス越しに。
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左じゃないの?(アキノ大統領就任式を控えて)
 6月30日、ベニグノ・”ノイノイ”・アキノ新大統領が就任します。
(今回の記事は、フィリピン政治のきわめてマニアックな話です。)

3週間ほど前に、フィリピン大学アルムナイホールで開催された、A●BAYAN(修正左派系Party-List組織)のVictory Partyに参加させていただきました。A●BAYANはこれまでは弱小の左派組織でしたが、今回の選挙ではその人材とネットワークを駆使してアキノ陣営にがっつりと食い込み、その結果、新政権のコアをきちんと占めていますので、動向が注視されます。
 今年まで同党の現職下院議員であったRisa Hontivelosはアキノ陣営から上院議員に立候補しましたが13位で惜敗。(無名の左派候補が13位までのぼりつめたのは、A●BAYANの力というよりもRisa個人の美しさと人間的魅力のためだと思われます。Risaはかなり綺麗でファッショナブル、そして左派活動家なのに人当たりが最高。どこのレセプションで見かけても会場の華ですし、1対1でお会いしたらちょっと酔ってしまいそうなくらい素敵な女性です。)下院議員もまだ2名しか確定しておらず、客観的にはとてもVictoryとは言えない状態なわけですが…。
 実際のところ彼らは、党のVictoryではなく、新大統領アキノ(以下Noynoy)のVictoryを祝っていたのでした。
 
 開会後すぐに、Noynoyがひょっこりと(警官に囲まれながらも)登場。とんでもない大物ゲストの登場に、会場はがぜん盛り上がりました。Noynoyは終始リラックスした表情で幹部らと歓談、その後、壇上に立ってスピーチ。あいかわらず聞こえにくく、肝心なセリフの「溜め」もなく、本当に下手です。一緒にいるA●BAYANの活動家らがやたらと話し上手・アジり上手なものですから余計にNoynoyのダメさが際立つ感じです。
スピーチ後、舞台袖から外に出ていくので「あらもう帰るの」と思ったら、5分ほどでまた戻ってきて、20分くらいするとまた出て行って…を繰り返していました。「喫煙休憩」だそうですが、落ち着きのない…。本当に次期大統領? 大丈夫なのでしょうか。あまりにも「普通の人」すぎる気がします。
 ちなみにNoynoyはちっとも「左派」とは言えないと思うのですが、学生時代にSocial Democratsの空気をたっぷり浴びたせいもあって精神的にこの党の方々に近いものがあるようです。

 40分ほどでNoynoyが帰ると、幹部のスピーチもそこそこに、党歌を合唱しただけであっさりとプログラム終了。参加者はコアな党員よりも首都圏のスラムを中心としたコミュニティ・リーダーのほうがずっと多く、くだけた雰囲気で歓談したり食事をしたりビールを飲んだり(あんなにビールばかり積まれたパーティーは珍しい)会場の一角で踊ったり、普通のパーティー。Noynoyはレチョンを15頭もプレゼントしたそうで
会場にはレチョンがあふれていました。15頭って…。
 会場には、数日前に保釈されたばかりのクーデター准将Danny Limも来ていました。彼はスピーチもせず、久しぶりに娑婆の空気を楽しんでいるご様子。

 私も、コアな活動家である友人たち、調査でお世話になっているスラムの知人たち、そしてゲストとして顔を見せていた議員秘書たち(前の仕事でさんざんお世話になった)などに一度に再開することができ、とても楽しい時間を過ごさせていただきました。私は党員ではありませんが、A●BAYANの方々や彼らのやりかたが好きですし、彼らと話していると心から楽しく感じます。2003年に初めて留学したとき、Party-Listの意味も選挙の日取りも知らなかった私にいろいろ教えてくれた友人たちが揃ってA●KBAYANでしたし、彼らの選挙キャンペーンやロビイングやプロパガンダのやりかたは、さらに急進的な左派のそれよりもバラエティに富んでいておもしろいです。

 さて、ここまでは長い言い訳です。これから書くのはむしろ、A●BAYANへの批判。私はこの党がとても好きですが、実は博士論文でも、特にスラムの住民を扇動・操作しようとするオーガナイザーの強引さを暗に批判しています。
 
 選挙から1週間もたたないうちに、私は調査地の複数のスラムで、
 「A●BAYAN系のオーガナイザーがスラムを回って、『Noynoyが大統領になったのだからもう路上に出る必要はない』と説いて回っている。」
 「『6月30日の就任式にはルネタ公園に集合しろ』と言われている。それも、これまでのような抗議集会のためではなくて、支持集会のためにだって。」
 「もうデモはしないんだって。7月26日の施政方針演説のデモも今年はやらない、なぜなら『我々は良い大統領を得たから』だって、オーガナイザーがそう言ってる。理解できないよね。」
といった声を聞きました。そして彼らは、きわめて批判的。
 「バカにしないでほしい。これまでさんざんデモに動員をかけておいて、今度は『デモに行くな』だって。私たちを縛るのもいい加減にしてほしい。」
 「『選挙では何も解決しない、路上に出ることが真のデモクラシー』って言ったじゃないね。」
 「そもそも、私たちはエストラダに投票したんだよ。オーガナイザーの前では言わないけど。Noynoyの支持集会なんて、行くわけないじゃない。」
 「貧困層は日和見主義だなんて言ってたの誰よ、日和見主義はあっちだって。」

 そのとおり。これまではmobilize the poorだったのに、今度はdemobilize the poorだなんて、それで民衆の心を掴むのは無理ってものです。

 さらに、最近彼らがまわしているのが、こんな携帯メール。
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Bakit ba tayo pupunta sa Oathtaking ni Noy-Bi?

1. Dapat ipakita natin na MASAYA tayo dahil aalis na si Gloria sa Malacanan.
2. Ang panalo ni Noy-bi ay panalo na “Peoples Power” sa balota.
3. Hindi na tayo nag-People Power sa kalsada kasi baka ipahagupit lang tayo sa pulis ni Gloria
4. May pag-asa na tayo umunlad
5. Magiging parte tayo ng kasaysayan at TESTIGO na wala ng Gloria Arroyo.

Mabuhay ang mamamayan! Wala na si Gloria sa June 30.
Magkita tayo sa Luneta!


<簡約>
なぜ我々はNoynoyとビナイ(新副大統領)の就任式に行くのか?

1.我々がアロヨ退陣を喜んでいることを示すため。
2.アキノとビナイの勝利は投票における「ピープルパワー」の勝利だから。
3.我々は今回、路上に出ての「ピープルパワー」はしなかった。アロヨ政権の警察らにぶたれるだけだからね。
4.未来への希望が出てきた。
5.アロヨ退陣という歴史の証人となるため。


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 …とても気になる点が。
 まず、路上行動のプロ集団みたいな彼らが、街頭示威行為を明確な否定している点。このメッセージ、明らかに「ピープルパワーなしにアキノ政権を実現させたこと」を強調しています。それは彼らがスラム住民に対して使っている「アキノ政権なのだから今後はデモに行くのはやめよう」というプロパガンダを支えるレトリックにほかなりません。
選挙の5日前に幹部らが「もし選挙が延期になっても路上に出るのはやめよう」と言っていたことも思い出されて、これがもとからの戦略?と思ってしまいます。でも、そのために、左派のコアともいえるデモをやめるなんてねえ。まあ、Noynoyと組むことで、「赤」だったロゴを「黄色」に変えた経緯もあることですし…。
 
 アロヨは、ピープルパワー伝説を極力封じ込めることで街頭支持行動を回避しようとしました。Noynoyも結局、彼女と同じ戦略を使うのですね。もちろん、良い悪いは別として。
 なにはともあれ、この人たちはかなりの戦略家なので、今後も注視していきたいと思います。


 …あと、A●BAYANがビナイ(新副大統領)を支持してきたかのようなメッセージも気になります。彼ら実は、事前にエストラダ派と話をつけて、大統領はNoynoy, 副大統領は自由党陣営のロハスを見限ってエストラダ派のビナイ、っていうシナリオで妥協していたんじゃないの? …もちろん可能性の話なので、これから裏を取らなくてはなりませんが…。
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by saging | 2010-06-28 19:42 | フィリピン研究
30歳
 数日前、30歳になりました。メールやSNSへのメッセージをくださった方々、本当にありがとうございます。
20代の半分以上をすごしたフィリピンとも、とうとう、あと1ヶ月あまりでおわかれです。そう思ったら最後に海が見たくなり、誕生日は、ドゥマゲッティとシキホールで迎えました。
 空と海と月。ほかには何もいりません。こんな倖せがほかにあるでしょうか。
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 この8月には、今度こそ本当に、日本に帰り、日本の国会議員秘書を目指します。さまざまな方々からのお力添えによってなんとか実現しそうなので、がんばります。
 決して、議員秘書をライフワークにしたいわけでもないし、ましてや、自分自身が政治家になりたいと思っているわけでもないけれど、ただ、もっと大きな自分の将来の目標というか、自分が世界に対して挑戦してみたいこととか、そんなことを実現するために、自分の祖国である日本という国の議会システムをもっとよく知りたいのです。前の職場で3年間お世話になっていたときに日本の官僚システムを垣間見ることができて、それから、立法府とも少しは接点があって、ぜひ立法府を内側から見たい、と思うようになりました。見たいものはもっとあります。国連機関の仕事もしてみたいし、今年は見送ったけれど、いずれJ●CAでも働いてみたいと思っています。NGOからは完全に「官」だと思われているのに実は大●館にないがしろにされているところとか、新人はやたらめったら熱い(青年海外協力隊っぽいノリ)のに中堅はきわめて官僚的なところ(どこでギアチェンジが行われるのか??)とか、旧J●ICと一緒になったことによるゴタゴタとか、きわめて興味深いと思います。
 …というわけで、やってみたい仕事は、無数にあります。10代のときに「NGOどっぷり」だったぶんも、少しでも多くの立場から「世界」を見たいと、そう思っています。

 努力しては前を向いているつもりだけれど、漠然とした不安はいつも自分の周りを覆っていて、具体的にはたとえば、議員秘書としての過酷なスケジュールに耐えられるのかとか、仕事以前の問題としてぎゅうぎゅうの東京の電車で通勤できるのかとか、そもそも自分は驚異的に速い日本の新幹線や驚異的に深い日本の地下鉄に乗れるのかとか…、そんな不安ばかりです。いまも飛行機は怖いし、ときどきは車道を横断することすら怖いし、毎晩眠りにつくときに明日を思い描こうとするとなぜか怖い、それくらいに、毎日が不安です。
 でもきっとそれは、環境ではなくて自分の心の持ち方の問題であって、不安ってきっと、これからもずっと続いていくものなのだと思います。どんなに安定した職業についても、どんな財産を築くことができたとしても、きっと、ずっと。

 昨年の誕生日に書こうとして書けなかった、Fishmansの歌詞をもういちど。

  ドアの外で思ったんだ 
  あと10年たったらなんでもできそうな気がするって
  でもやっぱりそんなのウソさ   
  やっぱり何もできないよ
  僕はいつまでもなにもできないだろう


 19歳でフィッシュマンズを知ったときは、10年後のことなんてまったく思い描けないながらも、でも少なくとも、
 「10年前=9歳のときに思っていた自分以上にはなっているんじゃないかな」
と、勝手に自己満足していました。いまも、10年前=20歳の時の自分といまの自分の差異にばかり気をとられて、40歳になった自分なんて想像もできません。
 この歌を、そしてフィッシュマンズのことを教えてくれたサークルの先輩(いわゆる大学のサークルです)の言葉を思い出します。
 「不安なんて否定するものじゃなく、それを受け入れる『覚悟』があるかどうかが重要ちゃうか?」

 そんなものかな。きっとそんなものなのでしょう。
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by saging | 2010-06-26 15:30 | フィリピン(全般)