Keso de Bola とは、 「表面は赤いのに中は黄色い」フィリピンのボール型チーズ。転じて日和見主義者。       かつてお世話になった、現地の言葉で「灯台」と呼ばれるマニラ湾岸のスラムを、ガラス越しに。
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選挙速報(投開票自動化は成功したのか?)
 5月10日、大統領選挙が終了しました。
 今回は、選挙の「結果」についてはすでに日本のメディアでも報道されているので、私は、はたして投開票の自動化(Automated Election System:AES)は成功したのか?という側面から、速報を書かせていただきたいと思います。

 結論からいえば、大方の予想に反し、たいへんスムーズで、フィリピンの歴史に残る1日だったと思います。
機械化の導入により、予想通り会場は大混乱。さまざまなロジスティック状の問題から各地で長蛇の列ができ、選挙管理委員会は急遽、投票時間の延長を決めました。投票中は不満や不信が渦巻き、小競り合いも起こり、どうなることかと思いました。選挙がらみの殺人や爆発事件などの速報もラジオから流れるなか、人々の不安は午後1時ごろにピークに達しましたが、午後になると、首都圏では各会場とも平均75%程度の投票率は確保されていることが明らかになり、(機械に票の数が記録されるので投票率は即座にわかります)落ち着きを取り戻しました。(なお、残りの30%の大多数は、投票に行かなかったのではなく、行ったのにさまざまな理由で投票できなかった人々です。)
 午後7時に投票が締め切られ、全国の機械から一斉にデータ送信が始まった瞬間、「これはすごい、大成功じゃないか!?」というムードが首都圏じゅうを覆いました。投票終了後わずか5時間で国政選挙の50%の動向がわかったとのこと。市町村選挙にいたっては、夜中の0時の時点で80%以上の集計が終わり、ただちに勝利宣言が行われました。これまでは1週間以上かかっていたのに!
 選挙管理委員会(COMELEC)の公式集計と、選挙監視団体PPCRVの並行集計の結果もおおむね一致しており、選挙翌日の5月11日、カトリック司教協議会と、米国とEUはお祝いのメッセージを発出しました。フィリピンお得意の ”Basta OK!” かなあという気がしないわけではないけれど、そして、ミンダナオの一部では選挙が中止されたりもしたけれど、おおむね、本当に「成功」だったのでしょう。

 ビリャール大統領候補をはじめ、候補者らが次々と「敗北宣言」をしたのも印象的でした。これまでのフィリピンの選挙は不正と不信に基づいており、敗北したものは決して負けを認めずに「不正があったから」と主張を続けるのが常だったのですが、今回はさすがに、自動化の威力を見せつけられ、各陣営とも、protestを続けるモチベーションもなくなってしまったのでしょう。

 以下、不十分ながらも、とりいそぎ、当日の様子を写真とともにお送りします。分析が足りないことはお許しください。また、私は当日、ひたすら自分の関心に基づいて首都圏のスラムを回っておりましたので、定点観測ではなくあちこちの写真であること、どれもことごとく都市貧困地区ばかりであることもご容赦ください。

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 午前5時半(投票開始1時間前)のケソン市コモンウェルス小学校。最貧困層の有権者数が多く、毎回、混乱することで有名な投票会場です。待合室と指定された教室はすでに多くの人で埋まっています。

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 午前7時半(投票開始30分後)のケソン市コモンウェルス高校。投票開始。写真のとおり、とても長い投票用紙です。

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 午前9時(投票開始2時間後)のケソン市コモンウェルス高校。12時間の間に1教室で1000人弱が投票しなくてはならないのに、2時間で80人しか投票できません。理由は教室が狭すぎるから(過去の選挙では①教室200人でしたので、5倍に増えたのに、教室の広さは同じ)。そして、皆、新方式に慣れておらず、投票用紙の記入に5-10分かかるから。
 有権者自身が機械に投票用紙を通すシステムですが、その際に投票用紙を隠すためのフォルダが小さすぎて、選挙役員にも、COMELEC公認の監視員(Poll Watchers)を名乗るPPCRVのボランティアにも、内容が丸見え。まったく秘密が守られていません。

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 午前10時(投票開始3時間後)のケソン市コモンウェルス小学校。この行列は、投票を待つ行列ではなく、どこの教室で投票すればよいかわからない人々が有権者リストの閲覧を待つための行列。有権者リストが整理されていないことが原因です。これは自動化とは関係なく、過去の選挙でも毎回起こってきた問題です。

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 同。教室の場所を確かめようと、PPCRVに助けを求める人々。

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 正午(投票開始5時間後)のマニラ市トンド地区、ビセンテ・リム小学校。27台ある機械のうち2台が故障してしまいました。そのせいで、もともと遅いプロセスがさらに遅延。灼熱の中待たされることに人々は怒りはじめ、COMELECは行列解消のために整理券を配布し始めましたが、7時から並んでいた私の知人が受け取った番号札は、326番! 彼は怒って帰ってしまいました。PPCRVのボランティアも気が立っており、あちこちで口論が起こっています。なんといっても暑いので、イライラするのも無理はありません。

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 機械が故障した場合は、このように、投票用紙の入っていたこの黒い箱を投票箱代わりにして、とりあえず入れていきます。これも、内容が外から丸見え。

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 午後2時(投票開始7時間後)のマラボン市ポトゥレロ小学校。暑さはいよいよピークに達し、すでに多くの人が並ぶことを諦めて岐路についたそうです。それなのに、行列はまったく解消しません。7時間で投票できた人数は、教室あたり(1000人あたり)約400人程度。人々の顔に不安の色が浮かび、「選挙不成立(failure of election)」を危惧する声が上がりはじめました。ラジオでは、アキノ大統領候補も地元タルラックで3時間待ってまだ投票できないと言っています。
 この小学校ではあちこちで小競り合いや殴り合いが起こっていました。小競り合いの主な理由は、列に割り込む人がいるから。そして殴り合いの理由は、暑さと行列に苛立って帰宅しようとした有権者に対して、ある政党のPoll Watcherが
 「投票しないなら、昨夜払った金を返せ!」
と叫んだことに起因します。そう、この人は買収されていたのです。それを大声で叫んじゃったものですから、周りも巻き込んで「不正だ、不正だ!」と大騒ぎ。しかもこのPoll Watcher, 銃も携帯しており、警察官につまみ出されていました。でも、これがフィリピンの選挙の現実。そしてこの問題は、自動化によっても解消はされません。

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 午後5時(投票開始10時間後)のケソン市パヤタスB小学校。まだ人でいっぱいです。投票できた人数は教室あたり平均で約550程度。あと2時間なのに、1000人には程遠い数字です。

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 午後7時半(投票締め切り30分後)のケソン市コモンウェルス高校。データの送信中。同時に、機械ごとの集計結果表(Election Return)が30コピーも印刷され、事後照合のために各陣営に配布されます。

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 午後8時(投票締め切り1時間後)のパヤタスB小学校。まだまだ人が行列中なので、投票時間がさらに延長されています。

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 午後8時すぎ(投票締め切り1時間後)のパヤタスB小学校。こちらの教室は開票作業がほぼ終わりかけています。周りを取り囲んでいるのは、集計結果表を受け取ろうと待ち構える各政党のPoll Watchersたち。
 「1時間で終わっちゃう。こんな簡単なんだ~。機械化っていいわね!」
と一斉に喜びの声を上げる役員と、それを取り巻く人々が印象的。これまでは手作業で読み上げと集計を行い、午前2時3時までかかっていたのですから、画期的です。

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 午後9時のケソン市庁舎。各投票会場からのデータが続々と送られてきて、スクリーンの数字が刻々と変化します。
 「すごい!! こんなに簡単なの!」
と声を上げる人々多数。これまでは、各投票会場から送られてきた集計表を電卓で叩いて計算する作業に1週間を要していたのだから、画期的です。

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 午前0時のCOMELEC記者会見。すでに60%のラフ集計結果が出ており、委員たちはとても嬉しそう。

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 午前2時、ケソン市庁舎。すでに、市長や下院議員(小選挙区)の当選者の発表が行われています。これまでは1週間以上かかって疲労困憊の中の発表だったのに、開票開始から7時間で結果が分かるとは、ものすごく画期的!! 日中の苛立ちや不満や不安も吹っ飛ぶかのような人々の歓喜の声が印象的でした。
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by saging | 2010-05-11 21:26 | フィリピン研究
貧しい人々にとっての選挙と、(特に)アキノ陣営のプロパガンダ
 結局、投票は延期されることなく、なんとか5月10日(月)に行われることになりそうです。良かった、良かった。地域によっては投開票自動化が実現できないところもありますし、問題は山積みなのでしょうが、少なくとも「延期」よりはずっと良いかと。
 
 金曜日は、朝7時からマニラ市1区の某市会議員”DA”(ニックネーム)のキャンペーンを見に行きました。DAのコンサルタントは左派系Party-List組織のAKBAYAN(現在はアキノ陣営を支持)なのですが、DAは今回、どういうわけかアチェンサ・マニラ前市長陣営―つまりエストラダ陣営と組んでしまい、AKBAYANの支持層は当惑している、という、なかなかおもしろい候補者です。
 金曜日に行われたのは、ジープやトライシクルで長い車列を作る、いわゆるmoterecadeと呼ばれるキャンペーン。マニラ市1区は首都圏最大の貧困地区であるトンドの大部分をカバーしているので、この地区のmotercadeに参加すると、トンドを横断することができます。motercadeに参加していたトライシクルの後ろに乗せてもらって、写真をとりながら、トライシクルの運転手と、すれ違う人々との間に交わされる会話に注目していました。(この運転手は、普段はマニラ北港からディビソリアの市場に魚を運んで路上で売る仕事をしているそうです。)
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 人々 「(このmotorcadeに参加することで)いくらもらってんの!?」
 運転手 「米5キロだよ。現金はナシだってさ。」
 人々 「食べ物は?」
 運転手 「昼ごはんとおやつくらい、もらえるにきまってるだろ。」

 人々 「誰のキャンペーン? ああ、市会議員のDAね…。
人々 「ん? DAって誰の陣営? え、アチェンサ元市長陣営? やーだ。私アチェンサ嫌い。」
 運転手 「俺も実はアチェンサは嫌い。彼の市長時代、俺たち路上商人はたいへんな思いをしたからね。」
 人々 「まったくよー。私は断然、リム市長派だわね。」
 運転手 「そうそう。DA市会議員は好きだけど、でも、DAと組んでるアチェンサは嫌い。市長はリムでなきゃ。でも、リムと組んでるアキノは好きじゃない。大統領はエストラダでなきゃ。」
 人々 「賛成! リム市長は好きだけど、アキノ陣営と組んでるのが気に入らないのよね。」

 すばらしい、この自由さ。「政党」に投票するのではなく、ねじれていたとしても自分の好きな候補に投票する。そもそもフィリピンの政党はいつも臨時の連合体ですから、彼らの判断はきわめて正当といえます。

 その晩は、ケソン・メモリアル・サークルで行われたアキノ陣営(自由党)の最後の集会(miting de abanse)へ。「汚職との戦い」、「変革」、「伝統的政治スタイルからの脱却」などが彼らのスローガン。黄色のシャツに身を包み、指でL字サインをつくって盛り上がる大衆。その映像だけを見ればとても美しく、1986年政変を思い起こされるものなのでしょうけれど、残念ながら、現実は超ダーティで、集会は、伝統的なshowbizとばらまきに終始。芸能人がステージで歌い踊りコントを披露、それにあわせて候補者はステージからTシャツやリストバンドを投げまくり、人々はビニル袋に入った食事やお菓子をめぐって言い争っています。派手に打ち上げられた花火の下では、ちっとも美しくない世界が広がっていました。マー・ロハスが「ボランティアの皆さんありがとう!」と絶叫するステージの下では、ボランティアと名乗る人々(バランガイ評議員など)がもったいぶりながら貧しい身なりの人々にリストバンドを文字通り投げつけるようにして配り、それに群がってどっと移動する群衆を見て嘲笑。こんなに腹の立つ光景を見たのは久しぶりです。リストバンドが投げられるたびに、私の後ろにいた人たちが一斉に前に移動し、ぎゅうぎゅう。退屈なスピーチが続くと周りには再び空間ができるのに、グッズばらまきが始まるとまたぎゅうぎゅう。そう、人々はスピーチに感激して動くのではなく、ばらまきに応じて動くのです。ちっともクリーンじゃないし、ちっとも変革じゃない。
 それはいいのです。貧困層は政治家にクリーンであることなんて望んじゃいないのだから。ただ、私がずっと気になっているのが、アキノ陣営のサポーターのDo-Gooderぶりです。特に中間層の若年層で、アキノこそが正義だと疑いもなく信じている人たち、その狂信ぶりには恐怖さえ感じます。
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 「ビリャール陣営(敵陣)はアロヨ大統領とくっついてるんだ、知ってるかい?」
 「アキノ陣営の支持者は全員ボランティアさ。他陣営は金を払って動員してるけどね!」
など、得意気に言いふらす軽薄さや、他陣営へのブラック・プロパガンダを行うことになんの罪悪感も覚えないらしいスポーツマンシップの欠如。「ネット●翼」なみの思考停止すら感じます。
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 写真はノエル・カ●ンゴン。「私たちは未来を売らない、票はとても大切なもの」と歌いあげましたが、いまひとつ。彼が2年前半のバランガイ選挙前にケソン市のスラムで同じ曲を歌ったときのほうが、人々の反応は鋭かったと思います。

 実はこの集会に先立ち、金曜の午後は、あるメディアのお手伝いで、トンドの私の元調査地に方々にインタビューをしてまいりました。
 「アキノ候補のいう『汚職がなければ貧困もない(Kung Walang Corrupt, Walang Mahirap)』を信じますか?」
という質問に、私のかつてのボールルーム・ダンシング仲間でもある女性が、非常に興味深い答えを返してくれました。
 「それは場合による。汚職をしない、でも貧困層のことを顧みることもない、そんな人だっているでしょ。私たちのことを考えてくれるかどうかと、汚職っていうのは、別だと思う。汚職って、政府の金で自分の私服を肥やすことでしょ。キャンペーンに参加する人々に日当を払う、支持者に食事を与える…、そういうのは汚職じゃないと思う。貧しい人達の助けになっているのだから。」

 すごいなあと思います。こういう世界観って、私たちには想像もつきません。トンドでももっとも貧しいこの地域。人々は本当にギリギリの生活をしていて、私たちのインタビューの際も、人々はカメラの前で貧困を隠すこともなく、それこそ路上で水浴びしながら答えてくれました。選挙は臨時収入を稼ぐ絶好の機会で、悪い言い方をすれば「日々、買われまくっている」人々。でも、彼らには彼らの価値観があるのです。そして彼らは、それをカメラの前で堂々と言葉にすることができるのです。このことだけでも、すでに、従来のフィリピン政治理解を覆す事例になるのではないかと思うくらいです。
 なぜエストラダがこれほどまでに人気なのか。アキノに欠けているものは何なのか。深く考えさせられました。

 キャンペーン最終日である土曜日の夜は、前々回の投稿でも触れたリック・レイエス兄の最後の演説会へ。会場はパシグ市場前。リック兄も自由党陣営から出ているので、美しい言葉を弄びいい人ぶっているボランティアの高慢さはやや気になりますが、それでも、参加者のほとんどはツッカケ履きのパシグ市の都市貧困層ということもあり、支持層からは生々しくておもしろいお話をきくことができました。

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 AKBAYANのウォルデン・ベリョ下院議員による応援演説。グローバリゼーションのグの字も出さずにタガログ語で貧困層に語りかけていました。真の国際人とは、空気を読める人なのかもしれません。

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 集会の最後に松明に火を灯してBayan Koを熱唱。これぞ、活動家スタイル。黄色シャツがシンボルの自由党陣営なのに、赤い服を着て赤い旗を振りかざす左派グループ多数。

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 きっと、アキノが大統領になるのでしょう。(リック兄は残念ながら勝ち目がなさそうですが。)
 でも、貧困層にとっては、アキノ陣営がひたすら口にする「汚職との戦い」なんてどうでもいいこと。なぜなら貧しい人たちは、汚職が埋め込まれた日常の中で戦っているからです。彼らは言います。選挙で稼ぐことの何が悪いの? 選挙キャンペーンに参加して日当をもらうことの何が悪いの?
とことん貧しい彼らにとっては、
 「日当なしのボランティアだけで活動してます! 金で人員を買ったりはしていません!」
なんていう自由党の陣営の空々しいプロパガンダは空を切るだけ。
 リック兄の演説会でひとつ、とても良かったのは、リック兄と組んでいる30代の市議候補がステージ上で、
 「明日は買票の日です。(他陣営から)お金を受け取ってもいいです。受け取ってもいい。でも、私たちに入れてください。」
と叫んだことです。実に生々しい。でも、彼の言葉は、貧困層の心にしっかり入ったと思います。

 先週末にバコロドに行ったときにお会いいただいたE神父が、こう言っていました。

 「私は何も選挙に期待なんてしていないけれど、人々に対して語る責任はあるから、こういうんだよ。『皆さん、選挙期間中は仕事もたくさんあって、日当ももらえて、生活の足しになることでしょう。僕はそれを止めません。せいぜい稼いでください。でも、票を売ることはしないで。金はもらっても、それをくれた人のために投票する義務はないんですよ。』って。」

 「金をもらうな」って上から目線で貧困層にお説教する人たちが多いなかで、なんと洗練された、なんと心に響く言葉でしょうか。貧しい人たちに寄り添ってきた人でないと言えないメッセージだと思います。
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by saging | 2010-05-09 02:23 | フィリピン研究
大統領選挙延期? LET US PRAY
 フィリピンの選挙の投票・開票プロセスはとても複雑です。
 なにが複雑かって、ここではとても説明しきれませんが、それを示すあるエピソードを。
 2007年中間選挙のとき、私の当時の職場の日本人職員30名近くが、選挙を見学に行くことになりました。その計画作成の担当になった私は、上司に
 「こちらの選挙システムはたいへん複雑で、事前知識なく見学に行かれても、皆さん混乱されると思いますので、事前にプロセスを皆さんに説明させていただく必要があるかと思います。」
と提案。上司は、
 「でも、たかが選挙でしょ? 説明なんているのかな。」
と言いながら、私の用意したパワーポイントによるプレゼンテーション(20分!)を聞いてくださいました。そして、終わってから一言。
 「たしかに、これは…。全体説明会が必要ですね。」
 数日後、大会議室で全体説明会を行ったところ…会場は静まり返ってしまいました。

 選挙プロセスをややこしくしているのは、1枚の投票用紙に20-30名もの候補者の名前を書かなくてはならないという「投票用紙の非効率性」および、それを口頭で読み上げながら模造紙にひたすら記入する「開票作業の非効率性」、さらに、集計会場に持ち込まれた模造紙をさらに読み上げて電卓で順々に足していくという「集計作業の非効率性」でした。
 よって、結果がわかるまでに莫大な労力と時間がかかり、前回の大統領選(2004年)では、投票日が5月10日だったのに対し、大統領の当選宣言が行われたのは6月25日。就任は7月1日ですから、ギリギリです。
 
 さて、それに対して今回の選挙からは、長年の悲願であった「電子投票システム」が導入されることになり、開票と集計の作業時間は大幅に短縮されることが期待されています。
 しかし、「選挙は不信に根ざしている」といってもいいこの国のことですから、地方の有権者はマークシートの記入方法を知っているのか、勝手にコピーされたマークシートをこっそり読み取り機に入れてしまえば不正ができるのではないか、機械が故障したらどうするのか、停電になったらどうするのか、コンピューター技術者が不正を行うのでは、などなど、問題は山積み。不安は増すばかりです。

 そしてここへ来て、大問題。昨日(5月5日)の各紙のトップニュースは、フィリピン中を震撼させました。マークシート読み取り機の最終試運転が失敗したというのです。いちばん詳しいのは、このインクワイラーの記事
 メモリーカードに組み込まれたシステムデータと、投票用紙のレイアウトが一致していないのがその原因。そんな初歩的なこと、なぜもっと早くに気付かなかったのですか!?と言いたくなりますが、そこは、テクニカルにいろいろな事情があるようです。(これも、複雑すぎてここには書ききれません。)
 その修正のためには、約80,000台の読み取り機にセットされたメモリーカードを回収して新しいメモリーカードを配布すればいいわけですが、はたして、どれだけの時間がかかるのか。5月10日の投票日に間に合うのか。首都圏はいいとしても、離島や山間部は…?
一部からはすでに「投票日延期」提案もあがっています。

 そんな混乱の中、昨日の夕方、農村開発NGOでありながら国政にもコミットしつづけるPR●Mを中心としたいわゆるPopular Democratsのグループによる「電子投票システムの機能問題を受けた緊急会合」に出席させていただきました。エストラダ陣営の市民活動家ボイ・モ●レス氏やエド・デラ・●ーレ氏、アキノ陣営の市民活動家ジョエル・●カモラ氏、IT専門家のロ●ルト・ベルゾダ氏、その他さまざまな選挙監視NGOの方々に加え、前日からフィリピン入りされているポール・ハッ●クラフト先生もいらっしゃいました。
 さまざまな陣営に所属する「フィリピン市民運動のプロフェッショナル」たちが情報を交換し、起こりうるシナリオを想定しながら解決策を考えるという趣旨のこの会合。「選挙管理委員会(COMELEC)を批判し、路上に出よう!」と言い出すのかと思えば、彼らは意外にも、何度もこう繰り返しました。
 「我々はずっとアロヨ政権に敵対してきたが、ここへきて『投票自動化にまつわる技術的問題も選挙延期もすべてアロヨ政権に仕組まれたもの』などという陰謀説を唱えたり、COMELECを責めたりするのはやめよう。」
 「我々はこれまでさんざん、市民の不安をあおり、アロヨ政権の不安定化を望み、路上に出てきた。そして、この選挙によって、誰が勝ったとしても、そんな時代に終止符を打って一歩前へ進むことができると期待している。いくつもの選挙監視団体が生まれ、互いに反目しあい、党派レベルでも超党派レベルでも市民団体はばらばらに分かれている。ここでノイズをたてたところで、いったい誰なら信頼できるのかわからなくなってしまった市民、大衆のためになるとは思えない。」

 彼らによると、現在予想される最悪のシナリオはこうです。
 もし投票日を1週間から10日でも延期すれば、メモリーカード問題は解決するかもしれないが、延期は急進的な人々を街頭示威行動に走らせることになり、政情の不安定化は避けられない、というもの。「すべてはアロヨ政権の陰謀」と主張する勢力(おそらくそれは急進左派)が人々の不安をあおり、街頭示威行動は単なるデモではなく暴動に近いものになる可能性もある。さらに、最大の懸念材料である国軍反乱分子がそれに便乗すれば、選挙延期どころではなく、選挙中止という事態になる可能性もある。


 これが「最悪のシナリオ」ですって。国軍改革派と手を組んで政権の不安定化を謀ってきた彼らなのに。
 絶対的に敵対する急進左派に対抗するというhidden agendaがあるにしたところで、市民運動のプロであり、陰謀説大好きな彼らが、「陰謀説を蔓延させるのは国にとって有益ではない」という共通理解で結集したことは、とても新しくて、注目に値します。表面的に見れば「一歩前進」なのかもしれません。
 でも逆にいえば、それだけ、「陰謀説」が出回る可能性が高いということ。それだけ危機が迫っているということです。
 帰りのタクシーの中で、ポール・ハッ●クラフト先生と、外国人同士、そんなことをお話ししました。
 
 4年前にASEANサミットが土壇場で延期されたことを考えれば、選挙の延期くらいで驚くことはないのかもしれません。でも、こんなシナリオは避けていただきたいと思います。
 使い古された陳腐な表現だけれど、LET US PRAY.
 どうか投票がうまくいきますように。どうかこれ以上の混乱が起こりませんように。早く安定が訪れますように。

 投開票自動化にさまざまな問題や批判はありながらも、ようやく各陣営ともに落ち着き、
 「ともかくも機械を信じてやってみよう。少なくとも以前より不正が増えることはないだろう」
という風潮になりかかっていたときなのに。
 去る5月1日には、元COMELEC委員長のクリスチャン・モンソッドがすばらしいコラムを書いたところだったのに。

 昨日の午後、所用でCOMELECに行くと、エレベーターで偶然、ちょうど「選挙は延期しない」との記者会見を終えたばかりのサ●ミエント選管委員とすれ違いました。彼は、私の尊敬する人物ベスト10の一人で、あんな絶望的なポジションにいるのに、いつも冷静で、いつも笑顔で、ビジョンを語ることを忘れない、でも空想家ではなくてきわめて現実的な、本当に素敵な方です。私が前の職場にいた時に数回お目にかかっただけなのに、いまだに私の名前を覚えていてくださっている彼は、エレベーターの中でにっこり笑って、
 "Hi, Saging. Please observe us again."
とおっしゃいました。ちょっと感動しました。このような方々がいらっしゃるかぎり大丈夫だ、というのはあまりにナイーブにすぎるかもしれないけれど、でも、そのように信じていたいです。
 …なんて思ってしまうのは、危機が迫っているから…なのでしょうか。
 LET US ALL PRAY.
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by saging | 2010-05-06 05:31 | フィリピン(全般)
大統領選1週間前
 西ネグロス州のバコロド市に来ています。まだ大土地所有制が残り、コファンコ家の影響力が強く、アロヨ大統領夫君の故郷であり、さらにイロンゴ圏(自由党のロハス副大統領候補の故郷)である西ネグロスの選挙キャンペーン、ぜひ見たかったのです。
 私の想像とは裏腹に、今回は、コファンコやアロヨの影響力は弱く、すべての階層(富裕層も中間層も貧困層も)、あるいはすべての職業において、票はかなり割れている印象を受けます。アキノ政権下でもエストラダ政権下でのアロヨ政権下でも辛酸をなめたいわゆる左派系活動家らの票も割れているようです。大統領候補の中でもっとも強い政治マシンをもっているのは与党LAKASのチュドロ候補だといわれていますが、マシンを行使する地方首長ら(とその取り巻き)の大統領候補への選好も割れており、地方選では機能するマシンも、今回の大統領選では機能しないのかなと思わされます。
 まったくマシンがなさそうなのはエストラダ候補ですが、それでも、やっぱりある程度の人気を誇っているのは驚きです。

 2004年大統領選、2007年中間選挙ではマニラ首都圏の選挙戦(それもスクワッターの政治行動)にしか関心がわかなかったけれど、比較の対象である地方の状況を知らずに首都圏のことを書いても説得力がないなと、反省しているところです。

 これからマニラに戻って、明日はパンガシナン州のダグパン市へ。デ・ベネシア下院議員(前下院議長)に代わって下院選に出馬する彼の妻(ジーナ・デ・ベネシア)のキャンペーンを見に行きます。


 下の写真は、首都圏パシグ市の市長選に立候補しているリック・レイエスのキャンペーン風景。美容院のリック・レイエスではなく、共産党の元幹部(のちに共産党分派の幹部)として有名な、あのリック兄です。自由党、Party-List組織であるA●BAYAN, その他修正左派の各組織(B●SIG, SA●LAKAS)の相乗り候補である彼の対抗馬は、伝統的政治ファミリー出身の現職市長。リック兄と組んで下院選に出馬しているのはソニー・リベラ。文民ですがマグダロ(国軍内の反乱分子の組織)で、トリリアネス上院議員の元スポークスマンです。なかなかすごいチーム構成。右と左が手を組むのって、ここ数年のフィリピンのトレンドのようです。
 活動家や労働団体やスラムの無職の青年らによってごちゃまぜにオーガナイズされる彼らのキャンペーンは、新旧の戦術がおりまぜられ、とてもユニーク。4月24日のインクワイラーの一面記事にも取り上げられていました。私は以前から(旧JBICのパッシグ・マ●キナ川河川改修事業がフィリピン国内でさまざまな波紋を引き起こしていた2003年から)パシグ市政とパシグ市の左派の動向に関心があり、リック兄にはこれまでもとてもお世話になってきましたし、なによりも、彼らのチームのキャンペーンぶりがとても好きなので、よく見に行かせていただいています。

 …今日こそはフィリピン政治の大局に迫る記事を書こうと思ったのに、また、ただのマニアックな話になってしまいました。反省。

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by saging | 2010-05-03 15:41 | フィリピン研究
ルソン島北部への旅
 フィリピン大統領選まであと10日。見たいこと、聞きたいことが多すぎて、1日が何時間あっても足りません。
 現地にいればいろいろなことはわかるのですが、情報量が多すぎて、流されてしまいそうになります。選挙キャンペーンの参与観察も、片っぱしから人に会って政治の噂話(チスミス)をするのも、スラムのおばちゃんたちとの草の根の語りも楽しいけど、そればかりで毎日が終わってしまってはいけません。現場にどっぷり浸かれば浸かるほどに大局が見えなくなってしまうのは事実なので、長期的な視点から、どの情報が大切なのか見極める冷静さを保ちつづけなくては。そう思って、キャンペーン参加もやや自粛しています。蟻の目から政治を見ることは必要ですが、このままではフィリピン・マニアまっしぐら。いい加減、視野を広げなくては。

 さて今回は、3週間前、フィ●ピン政治学会出席のためルソン島北部の高地バギオ市に行き、その後、さらに北にある、南北イロコス州を訪問した際のお話です。
 私は調査地がマニラなので、実はあまり地方に行ったことがなく、マニラより北に行くのは2002年以来です。本当は2年半前、フィリピンでいつもとってもお世話になっているNoaさん(日本人ですがほぼバギオ出身、現在マニラで出稼ぎ中)が3連休を利用してバギオに帰省される際、ご一緒させていただくはずでした。しかし、某T上院議員がペニンシュラホテルを占拠した事件のせいで3連休は吹っ飛び、泣く泣く断念。Noaさんには、とてもご迷惑をおかけしてしまいました。今回は挽回しなくては。

 マニラからバギオへは、午後11時45分発にパサイ市を発つVictory Liner社の「デラックスバス」を利用。日本の夜行バスのようなゆったりシートは清潔でリクライニング機能付き、かつ、目的地までほぼノンストップ。運賃は片道700ペソと、普通のバスの5割増しくらいです。同じ学会に参加される政治学者の先生方(約15名)と一緒にワイワイ言いながら乗り込み、ミネラルウォーターとお菓子のサービスを受けて、
 「わあ、セブ・パシフィック(格安航空会社、ドリンクサービスすらない)よりすごい!」
とひとしきりはしゃぎました。高速道路に乗ると消灯(消灯してもなぜか音楽は鳴ったままというのがフィリピンらしいところ)。冷房も決して強すぎず、車内は快適。
 と、ここまでは良かったのですが…。
 このバスはかなりスピードで、夜間の高速道路をぶっ飛ばすのです。私はここ数年来スピードの速い交通機関が苦手で、新幹線すら一人で乗れないくらいなので、もう、気が気ではありませんでした。テキーラか睡眠薬を持ってくればよかったと、ひどく後悔。
 …が、本当の恐怖は、高速をおりてからやってきました。ものすごい急カーブの山道をひたすら飛ばす運転手。かなりの鋭角カーブでもミラーがなくて、対向車同士はまったくスピードを落とさずにただクラクションを鳴らすだけ。なのに周りの方々は、クラクションが車内に響き渡っても、あまりの揺れの激しさに網棚の荷物が落ちてきても、まったく気に掛けない様子で熟睡しています。
 …結局、一睡もできずにバギオのバスターミナルに着いたのは午前4時半。まっすぐに歩くことができないくらいの恐怖に支配されていた私は、先生方から「車酔い」だと勘違いされたままタクシーに乗せられ、午前5時に宿にチェックイン。本来はそんな時間にチェックインなんてできないはずですが、たまたま空き部屋があったため、そして先生方がイロカノ語でかけあってくださったため、特別に可能になりました。
 今回お世話になったのは、NoaさんおすすめのBaguio Village Inn. こじんまりしたペンション風の宿で、一泊300ペソの部屋は3畳程度ですが、共有バスルームは清潔で、きちんとお湯も出ました(バギオは夏でも夜間は肌寒いので、お湯は必要)。バスルーム付きの部屋(825ペソ)やケーブルTV付きの4人部屋(1,500ペソ)をはじめ部屋の種類も多く、いずれも、とってもリーズナブル。電話番号は074-442-3901です。バギオにいらっしゃる際は、ぜひ。

 そして宿で3時間くらい休み、悪夢の暴走バスの記憶を消してから、学会へ。
 この学会、例年、どの報告もおおよそ社会科学的ではなく、報告はnarrativeに終始するというきわめてフィリピン的な集会で、失礼ながら、分析枠組みや理論研究の点ではほとんど得るところがないのですが、①人脈形成ができる、②最近の政治動向が端的に把握できる、③「我こそは市民社会の代弁者」みたいなフィリピン人研究者に対して議論を挑むことができる、という点で大きな意味があると私は思っており、今回は6回目の参加です。前の職場にいたときも、出張や休暇といった名目でフルに参加しました。
 私の報告はプログラムの最初のパネル。
 「日本人がタイの街頭政治の話するんだって。楽しみだなー。」
と言いながら会場に入ってこられる先生が何人もいらっしゃって、すごいプレッシャーでしたが、ここはフィリピンの学会。エンタテイメントの要素を取り入れ、観客を沸かせることが期待されます。私は報告の最初に、タイの黄色シャツ組の象徴である手のひらの形の鳴子と、赤シャツ組の象徴である足型の鳴子(わざわざバギオまで持ってきた)を鳴らしてみせたところ、会場からはいきなり”Good Job!!”との声援が。あの、私まだほとんど喋ってないのですが…。報告の中盤では、赤シャツ組の象徴である「赤いリボン型ステッカー」を見せました。このステッカー、偶然にも、フィリピンのNoynoy Aquino大統領候補のシンボルである「黄色いリボン型ステッカー」と同じ形、同じサイズなのです。会場は大爆笑。拍手まで起こってしまいました。すごくフィリピン的。
 ともかく報告は無事に終了し、質疑もたくさんいただき、終了後もたくさんの方から議論をいただきました。
 2日目も学会。しかし、午後のセッションはどれもまったくおもしろくなさそうだったので早々に抜け出し、Noaさんとご家族にバギオ案内をお願いしてしまいました。バギオはこぢんまりとした坂の町で、陽差しは強いもののとても涼しく、素晴らしいところという印象を受けました。

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 Noaさんお勧めの、バギオ限定「ストロベリー・タホ」。普通のタホには黒蜜とタピオカがかかっていますが、こちらはイチゴジャムとタピオカ。

 学会2日目の夜は、某大学閥の飲み会に参加。この学会、実はきわめて閉鎖的で、閉会後の飲み会はもちろん、会場での食事も別々にとるくらいに明確な大学ごとの派閥があるのですが、外国人の私は、そんなことは知らないふりをして、それこそ、どこにでも首を突っ込むことができるのです。学会の場ではきけなかった、最新の政治の噂話や政治談議をたっぷりきいて、二次会はライブハウス。午前2時まで盛り上がりました。

 翌日は早朝から市場を散策。高原野菜づくりで有名なバギオだけあって、新鮮な野菜や珍しい野菜がたくさん並んでいました。

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 トゲのついた新鮮なきゅうり。マニラに持ち帰ってナンプリック(タイの辛子味噌)につけて食べると最高でした!

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 特産品のライスワイン「タプイ」。白く浮いているのは米粒。「日本酒」よりはずっと甘いです。独特の風味がとても美味しいのですが、瓶の密封が甘い(発酵途中なので厳封すると爆発の危険があるそうです)ので長距離の持ち歩きはできないそうです。残念。

 その後、午後1時バギオ発ラワグ行きのバスに乗り、南イロコス州のカ●ガオという町に向かいました。
 南イロコス州といえば、シンソン・ファミリーが絶大なる影響力を振るう地域。なかでもカ●ガオはいまだにフィリピン共産党の軍事部門である新人民軍(以下N●A)が強く、選挙は地元有力者の金と暴力(いわゆる3G:Gun, Gold, Goons)に支配され、国家警察によって選挙時のホットスポット(危険地域)と定められている場所のひとつです。ちなみに、フィリピン共産党の最高指導者であるホセ・マ●ア・シソンの出身地でもあります。
普通であれば足を延ばす機会のない場所ですが、私の友人が、ここの町長候補の弁護士をしているのです。彼は、急進左派系の活動家にして弁護士。いまでもときどき山に籠っています。彼は4年前、バギオで人権弁護士をしていて、フィリピンのいわゆる「政治的殺害」問題が国際的に注目されていたときに、日本の法律家団体から日本に招聘されました。私はそのとき、共産党の政治部門である民族●主戦線(NDF)の知人から彼を紹介され、ビザの申請手続きに関して相談を受け、さらには、日本渡航前夜にマニラに出てきた彼を、当時私が住んでいたコンドミニアムの空き部屋にお泊めし、お酒を飲みながら、いろいろな話をしました。
 ずいぶん無防備な話だと思われるかもしれませんが、私はこの国の人権弁護士なるものが何を考えているか知りたかったし、彼が日本で何を語るのか知りたかったのです。彼を招聘していた日本のNGOが知ったら「懐柔だ」とか「諜報だ」とか言うのかもしれません。でも、そうした方々と自分の職場の方々の架け橋になりたいと、仕事への義務感ではなく本心からそう思っていました。当時、ある日本の「人権活動家(自称)」の方からは、
 「sagingさん、女性ってことを利用して、夜だっていろいろして情報とってるんでしょ。」
って、人権のジの字なんてどこにも見当たらないような品性のない言葉を投げられたけれど、彼が「人権活動家(自称)」かつ「NGO活動家(これも自称)」であるという、そのことを嘆きながらも、私は彼らと同じ言語で話したいと思っていたし、いまでもまだ、少しはそう思っています。

 さて、私はその人権弁護士とそれなりに親しくなり、彼が会議やセミナーなどでマニラに出てくるたびに会って、共産党についてさまざまな議論をする仲になりました。そして彼は、2007年中間選挙の直後、友人の紹介でカ●ガオの現在の町長候補の義母が経営する会社の専属弁護士となり、バギオからカ●ガオに移ったのでした。
 「ぜひカ●ガオにおいで。私兵だらけの選挙キャンペーンを見せてあげる。N●A兵士にも会わせてあげるよ。」
 2007年中間選挙のときは、そんな魅力的な誘いを受けながらも、私はいろいろな立場上、出向くことができませんでした。ですから、今回はなんとしても行きたかったのです。
カ●ガオに着いたのは午後7時。彼の支援する町長候補の取り巻きの皆さんの夕食にお誘いいただき、行ってみてびっくり。なんと、お刺身でした。カ●ガオは海に面しており、彼らはなんと日常的に、沖合漁業の猟師らが獲ってきた魚を生で食べているのだそうです。キッコーマンのお醤油とワサビをつけて。そしてその晩は、町長候補の親戚が経営されている海辺の小さなコテージに泊めていただきました。目の前は白砂ビーチ、空には満天の星。しかし、治安上のさまざまな問題のせいで、観光客は皆無。地元の方々の結婚式や誕生会にしか使われていないそうです。そのせいかさびれた印象で、とても残念。

 翌朝は、海沿いに住む町長支援者のご家庭の庭先で、獲れたて・焼きたてのイカと、とても新鮮な海藻サラダをいただきました。そして、さっそく選挙キャンペーン。町長候補の所有するパジェロとジープで、山のほうに向かいます。このキャンペーンには、町長候補の取り巻きであるおっちゃんたち(皆、腰に銃を持っている)も、急進左派政党の活動家(自称オーガナイザー)も同行。この町の主産業は農業、特にタバコ。隣家まで1kmといった辺鄙なタバコ農家にお邪魔し、町長と、そして共産党系の急進左派政党とその候補者を同時に宣伝することになります。
 以下、タバコ農家の女性たちと、活動家らの会話をお楽しみください(フィリピン政治マニア限定のネタで申し訳ございません)。

活動家「Party-List(比例選挙)では、Anakpawisに投票してくださいね」
村人 「いや、うちらはBayan Munaだから。」
活動家「同じ団体ですよ。でもAnakpawisのほうがより農民に近いのです。…(以下説明)」
村人 「へー。」
活動家「で、上院選はリサ・マサとサトール・オカンポに入れてくださいね」
村人 「リサってガブリエラじゃないの?」
活動家「それも同じ組織です。全部、Anakpawisの仲間ですから。」
村人  (パンフレットを読みながら)「ああ、サトールは昔、逮捕されたのか。N●Aだからね?」
活動家「違います。Anakpawisは、N●Aとはまったくちがいます。…(以下説明)」
村人 「私ら、N●A嫌いじゃないよ。」
活動家 「サトールは9年間、下院議員として活動してきたのです。N●Aではありません。今回、彼は上院選に出ることになって…(以下説明)」
村人 「大丈夫、私ら、N●A嫌いじゃないよ。」

 まるでコント? 私はこらえきれずに大笑い。弁護士の彼は苦笑い、そして、活動家らも苦笑い。

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 山で出していただいた、この日のお昼ごはん。手前から、犬のアドボ、犬のキラウィン、犬のディヌグアン。本当ですよ。「弁護士が来るってきいたからご馳走にした」とのこと。豚や鶏とは違って、家でつぶすのではなく、専門のマーケットで一匹分、買ってくるそうです。特に癖のある味ではありませんが、いかんせん、骨が鋭くてとても食べにくいです。

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 上院議員候補のTito Sotto(TV俳優で元上院議員)がマーケットに登場。町長候補らと、南イロコス州知事候補およびその息子の下院議員(いずれもシンソン・ファミリー)の親衛隊に囲まれながらマーケットを練り歩き、人々と握手を交わします。15分後、風のように去って行きました。

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 炎天下のタバコ農園を歩く選挙活動員たち。

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 タバコ農家の女性と握手。

 選挙ばかりではなく、イロコス観光も楽しませていただきました。

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 ホセ・マ●ア・シソンの生家。現在は諸事情により、弟さんがお住まいです。

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 北イロコス州バタック市にあるマルコス・ミュージアム。マルコス元大統領のご遺体が安置されています。今回の選挙では、妻のイメルダが下院選に、息子のボンボンが上院選に、娘のアイミーが知事選にそれぞれ立候補(その他、親戚も別陣営から出ています)。マルコス王朝、まだまだ衰えず。でも、この選挙ポスターのイメルダの写真、いったい何十年前!?

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 こちらは南イロコス州ビガン郊外。シンソン家の敷地内にある、BALUARTEと呼ばれる動物園。入場無料。トラ、ダチョウ、ウマ、シカ、ヘビなどがいます。…「金持ち」の域をとっくに通り越した大富豪っぷり。現在は敷地内にカジノを建設中とか。いやはや。

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 せっかくですのでピトレスクなビガンの写真を。

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 夕と夜とが入れ替わる瞬間の蒼色。
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by saging | 2010-05-01 02:17 | フィリピン研究