Keso de Bola とは、 「表面は赤いのに中は黄色い」フィリピンのボール型チーズ。転じて日和見主義者。       かつてお世話になった、現地の言葉で「灯台」と呼ばれるマニラ湾岸のスラムを、ガラス越しに。
管理人sagingより
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博士号→バンコク→マニラ
 先日、5年間も在籍したK大学から、博士号(政治学)をいただきました。
 これまでお世話になった皆さまがた、本当にありがとうございました。
 
 K大学からはその日、300人近い「博士」が生み出されたのだそうです。
 やれやれ。(村上春樹風に。)

 実社会への実質的な貢献をまったく伴わない「学位」に、ただただ恥じ入るばかりです。
 これまでお世話になった方々に、あらためて感謝を申し上げます。
 今後は、社会にお返しができるように生きていきたいと思います。
 長期的にどんなふうに社会にコミットメントできるのかまだわからないのですが、まずは、博士論文を投稿論文などの形式で公開することを目指して小さなものを書きながら、近い将来に就きたい仕事(実は、国会議員の政策担当秘書になりたいのです)に近づくための人生設計を考えています。研究者として、とか、●●として、とか、そういった職業に縛られずに、社会へのコミットメントを模索したいと思っています。
 
 タイのホストファミリーは私の博士号取得を心から喜んでくれて、毎日あちこちに言いふらすので、近所の人たちからいきなり「ドクター」と呼ばれるようになりました。穴があったら入りたいとはこのことです。タイではドクターのステイタスが日本よりもとても高い、と教えてくださったのは、学部から修士課程にかけてお世話になったD大学のタイ研究者の先生でした。
 「たとえ研究者にならないにしても、これから君が、自分の言いたいことを発信していきたいと真剣に思っているなら、博士号は取っておくべき。フィリピンでもタイでも、たとえNGOワーカーでも一流になりたければ博士号は必要です。」
 先生にそんなご助言をいただいたそのときは、まさか、将来自分がタイで調査をするなんて思っていなかったのに、私は先日、半年にわたるタイでの調査を終えました。
 タイ語のできない私にとって、タイでの調査は困難でした。結局、思っていたような調査ができず、自分の仮説を検証できるようなデータがまったく取れなかったことは、悔しくてなりません。
 「たった6ヶ月でデータを得ようなんて虫がよすぎる」
のか、あるいは、
 「6ヶ月もいてデータがないなんて怠慢すぎる」
のか、もはや、それすらわかりません。いずれにしても、もっと努力できたはずなのに。
 それでも、「外国人にとても優しい」といわれるこの国の方々に助けていただき、スラムの住民組織へのインタビューも(英‐タイ語通訳を介して)実現し、黄色シャツ隊(反タクシン派)と赤シャツ隊(タクシン派)のそれぞれの幹部へもインタビューをさせていただきました。ネットワークには本当に恵まれていました。すべての方々に感謝しています。

 調査・研究だけではなく、私はこの6ヶ月間、バンコクでの生活そのものを、めいっぱい楽しませていただきました。
 ホームステイをさせていただいたおかげで、タイ庶民の生活習慣から学ばせていただくことができました。タイにどっぷり浸かることのできた半年でした。ホストファミリーも近所の方々もとてもやさしく、休日の朝には近所の方々のお庭でマンゴーの木々を見上げながら、豆乳(ナムトーフー)と豆乳ドーナツ(パトンコー)の朝食をゆっくりといただき、長い竿を木に引っ掛けてマンゴーをとり、いっしょに市場に行き、夜はまたどこかのお庭に集まって夕食。騒音も煙も気にせずに夜空の下で魚を焼き、冗談を言いあい、カラオケを楽しみました。
路線バスや運河ボートや乗り合いバンといった公共交通手段も堪能しました。
 屋台フードも、片っ端から味わいました。タイ料理って、本当においしいですね。
 スポーツジムではムエタイ講座を受講しました。練習相手になって下さる方を随時募集中です。
 マッサージ師範の知り合いのおばちゃんからはタイ・マッサージを習い、なぜか初級ライセンスまでいただいてしまいました。タイ国外ではなんの効力もないライセンスですが、練習台になって下さる方を随時募集中です。

※※※

 そんなタイへの未練を引きずりながら、先日、フィリピンに引っ越してきました。
 今回は、なんと、商業地マカティのどまんなか、レガスピ・ビレッジに住むことにしました。前の職場で働いていたときから公私ともにとてもお世話になっているエストラダ政権下の元閣僚から、彼の所有するコンドミニアムの部屋を使わないか、というお話をいただいたのです。住居手当をたっぷりいただける元職場にいたときさえ、周囲の冷たい目線を無視してマカティを拒絶し、マニラの下町エルミタに住んでいた私ですから、いまさらマカティのような高級なエリアに住むなんてとても考えられなかったのですが、今回は調査で首都圏をくまなく回る予定であること、マニラの治安に対する自分の不安感が年々強くなっていることから、ここに決めました。
 外装も内装もかなり古いコンドミニアム(見た目はアパート)ですが、家具つき・ベランダつきの50平米。それでいて、賃料はケソン市の相場と同じくらいです。初めてお部屋を見せていただいたときにはイニシャルGのあの虫がぞろぞろ出てきて、さすがにどうしようかと思いましたが、コンドミニアムの管理事務所の皆さまのご助言をもとにあらゆる薬品で対処し、床のすみずみまでを強い洗剤で拭き清めたおかげで、いまは、とても快適です。
 国連機関や各国大使館、JICAも入っているあのRCBCプラザから徒歩3分、グリーンベルトやグロリエッタといった繁華街までも徒歩20分という好立地。バス乗り場まで徒歩2分、MRTの駅まで歩いても徒歩25分といったところです。とても便利! エルミタも便利でしたが、マカティのこの住みやすさも捨てがたいですね。
 友人の皆さま、ぜひ、遊びにいらしてください。

 今夜から、フィ●ピン政治学会(PPSA)の年次総会に出席するためバギオに行ってきます。今年の私の報告題目は
 「誰が都市貧困層の政治選好に影響を与えるのか? バンコクとマニラの事例から」
です。タイとフィリピンの都市スラムにおいて、住民が何を基準にタクシン派‐反タクシン派、エストラダ派‐アロヨ派に分かれていくのかを考察しようとしております。
 「初期の段階では、住民にもっとも身近なところにいる外部者であるNGOワーカーや宗教者、政治団体のオーガナイザーらが住民の政治選好に強い影響を与えるが、年月がたつにつれ、住民は、オーガナイザーらによる強制(投票行動への干渉や街頭デモ参加の強要)に反発を覚え、『より縛りのないNGO/オーガナイザー』にシフトし、それとともに彼らの政治選好も変化する。」
…というのが私の仮説なのですが、はたしてわかりやすい説明ができるのかどうか、まだ自信がなくて、依然としてペーパーをちょこちょこと訂正しています。
 学会後にはビガンに行く予定です。
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by saging | 2010-04-07 15:51 | フィリピン研究