Keso de Bola とは、 「表面は赤いのに中は黄色い」フィリピンのボール型チーズ。転じて日和見主義者。       かつてお世話になった、現地の言葉で「灯台」と呼ばれるマニラ湾岸のスラムを、ガラス越しに。
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ついに!! Sen.Mar Roxas to Korina...
Sen. Mar Roxas gives details of his romantic proposal to Korina Sanchez

よりによってWowoweeとは、さすがです。
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by saging | 2009-04-27 14:34 | フィリピン(全般)
さよならマニラ
 マニラでの3年間の任期を終えて、14日に帰国しました。
 これまでお世話になった皆さま、本当に本当にありがとうございました。そして、引き続き、どうぞよろしくお願いいたします。

マニラ勤務の最終日。午後までみっちり仕事はありましたが、16時ごろから各課への挨拶を開始し、フィリピン人スタッフの終業時刻である17時ギリギリに、ドライバーや各課の秘書さんたちのところにお礼の挨拶に行ったら、待ち構えていましたとばかりにドライマンゴーだのパパイヤ・ジャムだの写真立てだのぬいぐるみだの生マンゴーだのをさんざんもらってしまいました。嬉しかったのですが、パッキングは全部完了していたので途方に暮れました。生マンゴーもらっても、困るってば。フィリピン人はお餞別が大好き。思い返せば、こういうパターン、過去にも何度もありました(空港でブコ・パイ(ココナツのパイ)を3箱くれる人とか・・・)。最後まで、フィリピン人にはやられました。
 そして、これまでずっとお世話になってきた主治医の先生にご挨拶に行くと、
「無事にこの日を迎えられて良かった。がんばったね。」
と言っていただきました。ただ、感無量でした。がんばってくださったのは先生ですよ、って思いました。任期満了のこの日を健康に迎えられるということは、私にとって、本当に夢のようでした。
  
 マニラから成田行きの便に乗って(初めてのJAL、それもビジネスクラス。すべてが珍しくてキョロキョロしていたので、4時間のフライトはあっという間でした)、東京本社で報告や引き継ぎをして、京都に戻ってきました。
 
 先週末はさっそく、ある学会の関西例会で報告をさせていただきました。帰国後たった4日でこのような機会をいただくことができたことに、ただただ、感謝です。遠方から飛行機で来て下った先生方もいらっしゃいました。いま思い返せば、ああしておけばよかった、もっと効果的な説明ができたはずなのに、と、いろいろと悔やまれますが、それらは今後のアウトプットに生かせるように努力します。

 先週からは大学院に通い、久しぶりにゼミにも出席し、新しい指導教官の指導を受けながら、博士論文を書いています。実は、私の指導教官は昨年9月から人事交流で大学を一時離職され、なんと、マニラで私と同じ職場に勤務されていたのです。つまり私はこの半年、ほとんど毎日、アドバイザーにお会いいただいていたのです。そして、大学院における私の新しい指導教官は、昨年4月まで職場のNo.2だったヤクニンです。あくまでも便宜上の指導教官ということになっていますが、日本の大学院で学位を取るには、指導教官に教授会でディフェンドしていただかなくてはなりませんから、私は、もともとのアドバイザーとこの新しい指導教官の両方に論文指導をしていただく必要があるのです。まさか元上司に対してスラムの事例を説明することになるとは思いませんでした。とても心配だったのですが、新しい指導教官は厳しいながらもとても丁寧に指導してくださるので、それに応えられるように努力しようと思います。
 先日の学会で多くのご助言を下さった尊敬するS先生からは、後日、「8月からのバンコク滞在のチャンスを最大限に活かすためには、博論完成をぜったいに先延ばしにしないように。博論の完成度も、限界効用逓減の法則に支配されています。時間をかければかけるほど、完成度・洗練度の1日あたりの進み方は減ってきます」との厳しいお言葉をメールでいただきました。私も、いま書かなかったら一生書けないということはわかっています。
 あと2カ月しかないのに、理論も文章も不完全すぎて、間に合うのかどうか、本当にわかりません。加えて、私は博士後期課程に入学して通算5年目となりますが、マニラで勤務していた3年間のうち2年半は休学していたので、実はまだ2年生後期なのです。通常、3年間学費を納めないと、博士号は取れませんから、特例として繰り上げを認めてもらうには、それなりの条件をクリアしなくてはなりません。ハードル高すぎです。新しい指導教官も、マニラ滞在中からものすごく親切にしてくださっている教務係の方々も、「応援します」と言ってくださっているし、私も他人の前では「絶対に書きます!」と宣言し、とにかく前に進まなくては、とは思うのですが、なかなか力がついていかなくて、焦ります。
 
 しかし、それはともかく、帰国以降、この10日間の私の毎日はパラダイスでした。出勤時間を気にする必要もなく、携帯の着信に怯えることもなく、すべての仕事から解放されて、1日24時間が好きなように使えるのです。こんなことが実現してしまってよいのでしょうか。先日、タイに関するシンポジウムに出席するためにK大学に行って、タイ政治の専門家の先生のとてもinsightfulなお話をきいて、タイ人研究者の方々とたくさんお話しして、帰り道、鴨川の菜の花が一面に咲き乱れているのを目にして、思わず、泣きそうになりました。こんなに幸せでいいのだろうかと思いました。K大学の研究会に行く夢や鴨川沿いを歩く夢を、いったい、この1年間で何度みたことでしょう。自由な時間、懐かしい友人との会話、おいしいお米、普通の日本食、入浴剤入りのお風呂…あんなに切望していたものが、こんなに一度に手に入るなんて。なんだか気が動転しそうで、私は帰国以来、ずーっとハイテンションです。普通のものにいちいち感動して、毎日デジカメを持ち歩いて写真を撮っています。

 このまま、このハイテンションと論文へのプレッシャーがミックスされると、おそらく、ろくなことが起こらないので、健康を保つために、そして、今後も続く外国生活においても長期的に安定した状態を保つために、健康診断を受け、スポーツジムにも通うことにしました。マニラにいた頃から、水泳と筋トレはとてもいい気分転換になっていたので、ずっと続けたいものです。そして、できればタイに行く8月までの間に、自分の状態を客観的に理解し、改善できる道をつけておきたいです。
 マニラでのことを思い出すと、あのときああすれば良かった、とか、なぜ自分はもっと~しなかったんだろう、とか、私は本当にダメな部下だったな、とか、そんな思いばかりが浮かんできます。100年に1回の不況と言われる昨今、新聞記事や投稿、あるいは本やネットには、企業での生き残りを懸けて働く人たちのストーリーがいっぱい。それを見るたびに、自分はあんなにしっかりお給料ももらって、人にも仕事内容にもずいぶん恵まれていたのに、すべてを環境のせいにして甘えてばかりいて本当に社会人失格だったな、単なる世間知らずでしかないな、こんなことじゃもう二度と組織では働けないかもしれないな、と思って、頭がぐるぐるします。そこから何かを学んだならともかく、いまのままではマイナス思考のラビリンス。単なるネクラです。芸能人がお酒を飲んで裸になったというニュースも、いたくショックでした。程度の差こそあれ、誰だってあると思います、そういうこと。私も危ない。某大臣の酔っぱらい会見事件のときも私は動揺しました。自分は別に有名人でも何でもないけれど、いつかあんなふうに制御できなくなって他人にとりかえしのつかない迷惑をかけてしまうのではないかと思って。
 私はつくづくこうした感情を持て余していますが、いつか乗り越えられるように、いえ、乗り越えられなくても制御できるように、時間をかけて自分と向き合いたいと思います。

 ・・・健康診断の結果、4年前の博士課程入学時には0.9と1.2だった裸眼視力が2.0になっていました。回復しすぎです。3年間、高層コンドミニアムからマニラ湾の絶景を眺めて暮らしたからでしょうか??
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by saging | 2009-04-27 02:03 | フィリピン研究
Happy Easter
聖週間の4連休。職場のデスクを空っぽにして、3年間住んだ高級コンドミニアムの部屋のすべての私物のパッキングと掃除をしてすごしました。そして、とても大切な人たちから、最後のひとときを過ごそうとお誘いをいただいて、とても楽しい時間を過ごすこともできました。お会いできた皆さまもそうでない方々にも、本当にありがとうございました。
昨夜は博士論文のドラフトを直し、穴だらけながら、今朝、指導教授に提出。ここ数週間、自分の論文に嫌悪感が募って、本当に途方に暮れていたのですが、やっと少し、ましになりました。
 徹夜のお供は、チンドン屋バージョンの「インターナショナル」。エンドレスで流しっぱなしにしたら完全にアブナイ人ですが…、先日数年ぶりにマニラでお会いいただいたTさん宅で久しぶりに聞かせていただいて思い出したソウルフラワーユニオン。テンション上がりまくり。脳内お祭りです。何日だって徹夜できそう。LIVEで聴きたい。チンドン屋と一緒にドンパチしたい。勤め人でいられるのも水曜日までだし。
 日本に帰ったらしたいことがたくさんあります。3年ぶりに自転車というものに乗ってみたい。あと、ヒールのある靴で歩いたり、コンビニで品物を選ぶのに迷ったり、駆け込み乗車したり、したみたい。で、できたら9月に博士号を取りたい。博士号が取れたら、ニートになってチンドン屋に行く。なんて素敵な私の未来。

今日はイースター・サンデー。これから、マニラに置いていく荷物を知人宅に運びこんで、18日の学会(例会)報告のレジュメを作ります。
あと少し。
Happy Easter.
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by saging | 2009-04-12 12:12 | フィリピン(全般)
ASEAN関連サミット
 チョンブリ県に非常事態宣言が発令され、パタヤでのASEAN関連サミットは中止だそうです。
 
 2年前の2006年12月、ASEAN議長国のフィリピンが、「台風」を理由に、2日後に迫ったセブでのASEANサミットの延期を宣言したとき、安部総理はまだ日本にいらっしゃいましたが、当時外務大臣だった麻生総理ほか各国の外相は、すでに機上の人。セブ到着と同時に延期の知らせを受け、とんぼ返りだったそうです。
 麻生総理…。今回もです…。

 2006年当時は、ただただ、驚きました。世界が止まるかと思うくらい、唖然としました。まさかサミット延期なんてありえないだろう、まさか台風くらいで延期はしないだろう、と皆が思っていて、憲法改正を巡る政情不安が原因だとか、極秘のテロ情報があったとか、さんざんな噂が飛び交いましたが、実際、サミット会場に予定されていた突貫工事の国際会議場は、件の台風で雨漏り…。1ヵ月後に仕切りなおされたサミットでは、その国際会議場ではなく、既存のホテルが使われたそうです。どこをとってもフィリピンらしいというか、なんというか。私は当時、かなりショックを受けました。指導教授から、
 「これもフィリピンの一断面を知るいい機会と思いなさい。」
と言われたのですが、ほんとうにそのとおりでした。

 昨年12月に現在の議長国タイが政情不安(空港閉鎖)を理由にサミットを延期して、タイで働く知人から嘆きのメールが来たとき、私は、
 「大丈夫! 2年前、フィリピンも延期しましたから! しかも、本番2日前に。タイが延期を決めたのは1週間前でしょう? フィリピンよりいいですよ!」
…と彼女を慰めたのですが、今回は本番当日。言葉がありません。

 フィリピン政治もタイ政治も、言葉のとても純粋な意味でカラフルで魅力的な国だと思うのですが、こういう次元では争ってほしくないものです。フィリピンのASEANサミット延期の話を、私はよく会話のネタにしていますが、これは、笑い話ではなくて、とても悲しいことです。
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by saging | 2009-04-11 18:46 | タイ研究('09~'10年)
バナナくんとパイナップルくん
 D●LEの幹部居住地区のクラブハウスにて。超キュート!
 
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 クラブハウスでいただいたパイナップルジュースと生パイナップル(MG3という輸出専用種)もたいへん美味しゅうございました。
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by saging | 2009-04-07 19:14 | フィリピン(全般)
ジェネラルサントス!
 フィ●ピン政治学会@ジェネラルサントスに出席してきました。

 最近愚痴りすぎですが、この学会報告の準備に加え、仕事の片付けや引き継ぎ、挨拶状の送付、パッキング、帰国後の学会例会発表の準備、そして博士論文…と、リアルな締め切りのあるものに追われまくって、キーっと思っているところに、今回の学会出席についても一悶着。そもそも、我が職場の上司たちは、私が指導教授と行動を共にすることをよく思っていないのです(私は、組織人間になることのみならず、所属組織にのみ忠誠を誓うことを要求されているようです)。正直に「市外滞在届」を提出した私が馬鹿みたい。ジェネラルサントスは渡航延期勧告エリアでもないのだから、私の自由時間を使って参加するのだから、何だっていいじゃないですか! 関係者に頭を下げるなんて今さらなんでもないのですが、時間はとられました。
 そして、職場での送別会。ありがたいことなのですが、私以外の人たち(全員男性)はいつもどおり、シ●ネタに終始。仕事の上ではものすごく尊敬できる頭の切れる人たちなのに、どうしてお酒の席ではそうなってしまうのか、不思議でなりません。そして、上司からの最後の言葉は、
 「大学院に行くんだぁ。君も、重箱の隅を突付くようなこと、するんだよね。」
 「この職場の暴露本なんて書かないように。書くなら30年後くらいにね。」
 これは送別会なのか嫌がらせの会なのか。相手に悪気はないということがわかっているだけに、嫌がらせなんかじゃないはずなのですが、それにしても、人当たりの悪い人たちです。暴露本だなんて、そんな時間の無駄、しませんって! っていうか、私が書かなくたって、コ●ミンはみんな知ってるって! あなたたちが世間知らずなだけだって!! (でも、良かったと思っています。この3年間、大学院に籠っていたら絶対に見ることのできなかった世界を体験することができたし、なんといっても、研究者や院生がどんなに忌み嫌われているかを体感することができましたから。)

 さらに、年度末だし、この期に及んで職場では良くないことばかり起こるし、我が親友のBoboyの弟Junjunがここ数日のうちに日本での研修生/実習生の期間を終えてフィリピンに帰ってくるとあって、彼らの家族との金銭関係のごたごたがまた始まるし…と、毎日、ここから逃げ出したくなるくらいの不安でいっぱいでした。
 でも、私は自分の限界を知らないので、余裕がなくても仕事は受け、食事のお誘いには喜んで応じ、夜遊びにも乗り、声をかけてもらえれば早朝3時にスラムに出向いてしまう生活をずーっと繰り返して、歯止めがきかないまま動き続けていたら、何も食べられない日が増えて、これはダイエット&断酒になってちょうどいいわ、と思っていたら(実際、ここ数週間で酒量は激減しました)、ある日、仕事で外出中に突然、電池切れのように全身がパッタリ動かなくなりました。友人に連絡して病院に運んでもらって、そこから複数の病院にお世話になり、妊娠だの肝炎だのウイルス性のナントカだのと大いに脅かされ(フィリピンのお医者さんはあることないこと言いまくります)、薬で眠らされ、でも、みるのは上司に怒られる夢と学会で失敗する夢ばかり。すべては自業自得なのに、そうやってますます追い詰められました。点滴と注射と薬と漢方薬を投入されても右手の一部が動かず、学会に出発する前日に鍼とテーピングをしてもらってかなり良くなったものの、発表のレジュメを印刷して旅支度をするだけで精一杯で、テンションは最低で、この状態で無事に飛行機に乗って学会会場まで辿りつけたらもうそれだけで奇跡だ、とすら思っていました。

 でも、いざジェネラルサントスに着くと、そんな不安もかなり解消されました。サランガニ州の若手政治家が空港に迎えに来てくれていて、久しぶりの再会に、いきなりテンション急上昇。元国連職員の彼とは仕事の関係で知り合って親しくなったのですが、仕事を抜きにしても、掛け値なしに素晴らしい地方政治家。
 学会会場では多くの知り合いに会うことができて、また、新しい人たちとも出会うことができて、またもやテンション急上昇。人がたくさんいると、ついつい嬉しくなってしまいます。
 その勢いで、自分の報告も無事に終了。私の報告タイトルは、”Election Monitoring as-Institution and the Urban Poor” ――フィリピン政治を専門とするフィリピン人の前で報告するには拙い内容で、反省ばかりですが、政治学の先生方だけでなく、実際に選挙に出馬した経験のある元政治家の方からも質問やアドバイスをいただくことができて、感激しました。参考となりそうな論文をその場でUSBに入れてくださる先生もいらっしゃいました。
 地元でお医者さんをしている友人に、
 「万が一、何かあったら助けて。」
と連絡しておいたので、彼はとても心配してホテルまで来てくれたのですが、開口一番、
 「君、どこから見ても健康そのものに見えるけど。」
私がここ数日の窮状を訴えても、
 「それって、精神的なものだから。」
 「単に学会前で緊張してただけじゃないの?」
の一点張り。そうなの? …ショック。そろそろいい年なので、いいかげん、もうすこし精神的に強くなりたいものです。
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 学会のあとは、ある先生のご案内で、D●LEのパイナップル・プランテーションと缶詰工場やD●LE幹部の居住地区(超exclusive! 敷地内に学校まであって、噂にきくハシエンダ・ルイシタのようでした)を訪れたり、例の政治家の友人にジェネラル・サントス港(マグロの陸揚げで世界的に有名)を案内してもらったり、レストランにマグロのお刺身とキッコーマンのお醤油とチューブ入りワサビがあることにびっくりしたり、地元産のpumpaniという白身魚の美味しさにびっくりしたり、先生方と一緒に地元のライブハウスでビールを飲んだり、マニー・パキャオの豪邸を見に行ったり…と、ジェネラルサントス滞在を満喫しました。
 そしてホテルの部屋では、がぜん論文がはかどりました。フィリピンに来ると事務仕事がはかどるとおっしゃる先生方や、論文を書くために海外に「外こもり」する人たちの話が、ちょっとだけわかったような気がします。
環境を変えるということが大事なのか、それとも、日常から「脱出」してみることが大切なのか。たぶん、どちらでもあるし、どちらでもないと思います。
 ただ、ひとつ言えるのは、私は周りの人たちにものすごーく助けられています。学会中は、誰かが常にそばにいてくれて、論文の相談にのってもらい、
 「君は若いんだから、大丈夫だよ。」
と励まされ続けました。おそらく、私は、よっぽど不安そうな顔をしていたのでしょうか。博士課程に入ってもう4年経つというのに、まるで大学院に入りたての院生のように優しくしていただいて、反省しています。本当にもういい年なので、もうすこし成熟しなくては。

 帰りの飛行機は大幅に遅れましたが、学会出席者の先生方がみーんなご一緒だったので、お蔭様で、取り乱すこともなく、無事にマニラに戻ってくることができました。いつも支えてくれる周りの皆さんに、ただただ感謝のみです。私はとても恵まれていて、とても幸せです。この恵みを、この幸せを、いつか、他の人たちに還元できますように。

※※※※※※
 帰りのCebu Pacificの機内、すっかりリラックスしながら読んだ備え付けの雑誌「SMILE」に、「地元在住者による観光ガイド」というコーナーがありました。その内容がけっこうブッとんでいたので、一部をご紹介します。

Best buys
Manila: Cheap thrills and great bargains at 168 shopping mall, Binondo
Osaka: Traditional Japanese curry rice with pork cutlet known as katsu care
 大阪で買うべきものがカツカレーって! いきなり、超ディープ! どうやって買うのよ!?
 
Best Souvenirs
Manila: South Sea pearls from Greenhills
Osaka: An omangu (Japanese pastry)
 omangu…おまんじゅう??

Must-do experience
Calbayog: Jump off the bridge facing Malopalo Marble Mountain. It’s safe.
Leyte: Run in the rain! It rains a lot in both Leyte and Samar.
 どんだけワイルドな旅行者ですか、それ。もうちょっと普通のアクティビティを教えてください。

Must learn
Kalibo: “Sadsad pa!” “Keep dancing!”
Bacolod: “Wala na na ayo? Amon na guid na?” “Is that the best price for it? No more discount?”
 確かに使えそう! でも、ディープすぎ!
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by saging | 2009-04-07 19:09 | フィリピン(全般)