Keso de Bola とは、 「表面は赤いのに中は黄色い」フィリピンのボール型チーズ。転じて日和見主義者。       かつてお世話になった、現地の言葉で「灯台」と呼ばれるマニラ湾岸のスラムを、ガラス越しに。
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フィリピンで自家製ヨーグルト
 ここ数ヶ月、暗~く研究のことばかり書いていたので、たまには明るいマニラ生活のことも。

 日本には、実にさまざまな種類のパックヨーグルトが普及していて、しかも安価ですが、フィリピンではヨーグルトの普及率が驚くほど低く、スーパーに行っても、多国籍企業ブランドのとても高価なものしかありません。それも甘すぎるし。
 数年前にフィリピン大学に留学していたとき、知人の日本人の方から「カスピ海ヨーグルト」をコップに一杯分けていただき、「煮沸消毒した容器にミルクを入れて40度程度に温め、ヨーグルトの種を入れてかき混ぜ、一晩常温で置くとすべてがヨーグルトになる」と教わり、やってみましたら、本当にできました! しかし種菌は1ヵ月後に死んでしまったようで、それ以上増やすことはできませんでした。以後、新しい種菌やヨーグルト製造機を買おうかと思ってインターネットで調べたこともあったのですが、どちらも高いので諦めていました。
 しかし昨年、日本に一時帰国したとき、「BIO」というパックヨーグルトを知りました。あのときのカスピ海ヨーグルトを思い起こさせる強い粘性に、「もしかしたらこれは増やせるかも?」と思い、保冷バッグに入れてマニラに持ち帰り、沸騰消毒した容器にミルクを入れて40度程度に温め、BIOを入れてかき混ぜ、一晩常温で置いてみました。
 すると見事に、おいしいヨーグルトができたのです!

 横着な私は、煮沸消毒が面倒なので、お湯と洗剤で洗っただけの容器でやってみましたが、結果は同じ。賞味期限が2ヶ月くらいのLong Life(かつLow Fat)の一番安い常温販売のミルクをタッパーに移し、電子レンジで1分くらい加熱し、だいたい40度くらいになったかなと思った時点でヨーグルトを二さじくらい加えて混ぜて眠りにつけば、だいたい6時間くらいで固まるようで、朝にはちゃんとできています。大雑把すぎますが、本当にできちゃうのです!
 フィリピンの年間気温が、ヨーグルト菌の発酵に最適なのでしょうか。それとも、BIOの菌が特殊なのでしょうか。4ヶ月くらい経つとさすがに菌が弱ってくるのですが、その都度、知人に日本から新しいBIOを買ってきてもらって作り続けています。
 おかげで、私は毎朝ヨーグルトを食べることができます。そのままで食べてもおいしいですし、カラマンシーを絞ったり、マンゴやパパイヤなどのフレッシュフルーツを加えたりしてもおいしいです。一番のお勧めは、マンダルーヨン市の某メーカーのカラマンシー・ママレードやラム酒入りマンゴー・ジャムを混ぜて食べることです。ここのジャムはフィリピン製品に珍しく甘さ控えめで、抜群においしいのです。朝からリッチな気分になれます。
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by saging | 2008-07-30 21:51 | フィリピン(全般)
学会終了!
 3日間にわたる国際学会が終了しました。
 何よりもまず、参加者の多さに圧倒されました。国際学会なのだから当たり前なのでしょうが、フィリピン人より外国人のほうが多い!「いつかは会ってみたかった、あの先生!」や「あの本の著書!」、そして「とても尊敬している、あの先生!」…がずらずら。ひとつのパネルの発表者が3~5人×1セッションあたり5~10パネルが同時開催×1日あたり3セッション×3日…と、単純に計算しても発表者だけで軽く200人を越えるような大規模学会ですから、人が多くて当然です。指導教授から
「水準はフィリピン政治学会と同じくらいでしょうから、ぜひ応募しなさい」
と言われて思い切って応募した学会ですが、総参加者が100名余りのフィリピン政治学会とはかなり事情が異なりました。私はほんとうに世間知らずです。それにレベルも、政治学会より高いように思われました。私が聴いた発表はどれもすばらしくて、院生の発表も水準が高く、すべてがすべて勉強になって、ものすごく刺激を受けました。その一方で、人の多さと周りのレベルの高さに私はすっかり怖気づいてしまい、1日目の晩は早々に帰宅して翌日に備えました。これまでの研究会発表では、英語でも日本語でも、キーワードを書いた紙を元にその場で言葉を紡ぎだすことにしていたのですが、今回ばかりは自信がなくて、原稿を用意してそのまま読み上げることにしました。(夜遅くまで予行演習に付き合って下さった我が家にお泊まり中のOさん、本当にありがとうございました!)

 発表当日、私の参加させていただいたパネルには計5人の発表者がいたのですが、見るからに私だけが若造でアマチュアっぽく、不安は募るばかり。けれども、司会の先生がとても親切に緊張を解いて下さって、舌を噛むこともなく、時間内に発表を終えることができました。フィリピン研究らしくエンタテインメント性を織り込んでみた箇所にもちゃんと笑ってもらえて、ほっとしました。最後にとびきり難しい抽象的な質問を受けてすごく動揺してしまったのですが、司会の先生が私の耳元で
 “This question is very unfair!”
と囁いて、代わりに返して下さいました。あとから冷静に考えれば確かにひどい質問だったのですが、こういうことにも余裕で対応できるように自分を鍛えないといけませんね、学会じゃなくても、何事にも。
 発表後は多くの方にコメントをいただいたり、研究会に誘っていただいたり、偶然にも私と同じ地域でフィールドワーク経験のある院生と知り合えたり、とても嬉しいことがたくさんありました。食事やコーヒーブレイクの時間にも数え切れないくらいの方々とお話しして、名刺交換をすることができました。
 本当は国内の学会で経験を積んでからチャレンジさせていただくべきだったのかもしれないけれど、とてもとても勉強になりました。
 英文ペーパーが書けなくて大騒ぎした私に付き合って下さった皆さん、あちこちでいろいろ励まして下さった皆さん、学会でお会いいただいた皆さん、そして、この学会のためにまたしても仕事を休むことを認めてくれた上司に感謝しつつ、次回はもっとレベルアップして臨めるように、努力します。

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 話は変わりますが、先ほど、国際交流基金主催の「日本映画祭」で、アニメ版の「時をかける少女」を観てきました。とても爽やかな、いい映画でした。外国人にも、とてもわかりやすいと思います。あの躍動感とピュアな告白シーンは、フィリピン人にも大ウケでしたよ。機会があれば、ぜひご覧になって下さい!
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by saging | 2008-07-27 00:00 | フィリピン研究
マニラに戻ります
 2週間あまりの休暇が終わり、明日、マニラに戻ります。
 昨日まで上京していました。新幹線が怖いので夜行バスで(バスも怖いのですが、新幹線のあの神業的スピードよりはまし)。
 東京の人ごみも地下鉄の深さ(特に都営大江戸線)も息苦しくてとても怖かったのですが、最後にはやっと、日本に慣れることができました。

 東京では、メインの目的である東京本社への挨拶に行ったほか、日比NGOシンポジウムにも参加させていただきました。このシンポは我が社も後援となっていますが、今回は仕事ではなく個人的に参加。
 フラビエール元上院議員の基調講演、良かったです。彼が議員を退いてから、あのジョークたっぷりのスピーチがTVで見られなくなってとても残念に思っていたものですから。ヨコハマ・コトブキのレイ・ベントゥーラ氏ともお話できたし、ご無沙汰しているいろいろな方々に会場でお目にかかることができました。
 分科会では通訳ボランティアをさせていただきました。現在の仕事上、旧友を含めフィリピンのNGOとなかなか対等な関係に立てず、一歩引いたお付き合いしかできないことが多いのですが、今回は初めて、自分の側から相手にサーブさせていただくことができました。ほんとうは、いまさらそんなことじゃいけないのでしょうけれど。機会を作ってくださったM姉、ありがとうございました。
 それから、とても尊敬しているアジア経○研究所のK先生に面会をいただき、博士論文構想へのご助言をいただきました。以前にマニラで数回お会いいただいた際に
 「政治学を選ぶなら、フィリピン政治を『新興諸国政治』あるいは『アジア政治』として一般化できなければ生き残れない。ましてや、フィリピンの特定の地域のある現象に一喜一憂していては何も進まない」
 「あなたのフィールドにしている首都圏って国家資源に近い、極めて特殊なところだから、そんなところでさらにそんなミクロな事例研究をしても、政治学はもとより、フィリピン研究としても意義があるのか?」
と言われて以来ずっと、その先生の論文を常に手元において意識してきました。だからこそ、今回、 「政治学らしくなった」と言っていただき、詳細にアドバイスをいただくことができたことが、本当に嬉しかったです。
 そのほかにも、いつも励ましを下さるN先生とPさん、職場の元先輩のK兄、その他、多くの知人・友人にお会いいただきました。
 10年前に一緒にエチオピアとウガンダに行った元活動家仲間とも、実に10年ぶりの再会を果たしました。10年といったら、あのとき受けた黄熱病の予防接種の期限が先月で切れてしまったほどの長さです。あのとき夢見たように世界は変わらなかったけど、私たちは変わったかな。

 今回の休暇は、とてもいい刺激、休養期間になりました。この1年くらいずっとフィリピンにも仕事にもうまく適応できないような気がしていたけれど、今回の休暇を通じて、たとえフィリピンを離れても仕事を休んでいてもその種の困難は同様に感じられるということがわかりました。日本にいても乗り物は怖いし、日本の人を前にしてもうまくコミュニケーションできないことはある。困難を何でもフィリピンや仕事のせいにするのではなく、それを受け入れていかなくてはならないのだ、ということを認識しました。

 来週後半はマニラで国際学会。実は、初の学会発表です。それが終わると研究関係のイベントは一息、フィリピン議会も開会するので仕事もまた忙しくなると思いますが、今後はできるだけ短期間で、そう、最悪でも2010年選挙までには博士論文を書きあげたいと思います。

 この休暇中は、周りの人たちにとてもとても助けてもらいました。遊んでくれた友人の皆さん、お世話になった皆さま方、ほんとうにありがとうございました。皆さんのおかげで、思い残すことなくマニラに戻ることができます。
 関東地方も梅雨明けしたそうで、昨日の東京はとても暑く、今朝がた夜行バスで着いた京都の空も、7月20日にふさわしい色をしていました。今年も厳暑になりそうですね。日本は、マニラよりずっと暑いように感じます。皆さま、どうぞお体にお気をつけてお過ごしください。次にお会いできるときまで、お元気で。
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by saging | 2008-07-20 20:16 | その他
イメージの問題?
 大学に通ったり試験を受けたりしているうちに、気がついたらもう、休暇の半分以上が過ぎていました。(ロングバケーション。普通の職場では2週間もお休みを取ることなんてできないでしょう…。)
 最近気づいた(というか、気になって仕方がない)ことは、
①日本の車はやっぱり、どうしようもなく丸い。車のくせによくあんなに丸くなれるものだと、毎日、感心しています。車種も色もどうでもよく、丸さにしか目がいかなくなってしまいました。
②東京三菱銀行とUFJ銀行が合併したので、街なかにUFJのATM機が増えてとても便利になっている!(合併したのって、いつでしたっけ?)
③携帯電話がないって素晴らしい。私は一応、フィリピンで使用しているSmartの携帯をローミングしているのですが、さすがに、電話なんて滅多にかかってきません。自分から誰かに電話したいときに公衆電話を探すのがすこし不便ですが、携帯から解放された生活がこんなに快適なものとは知りませんでした!(私と待ち合わせをしてくださる方々にとっては不便極まりないと思いますが…。)
④日本の家は掃除がしにくい。久しぶりに実家で掃除をして、本当に驚いています。特に洗濯機と洋式トイレ、確かに高性能ですが、構造が複雑で、とんでもないところに凹凸が多すぎます。掃除なんてしない人間(独断と偏見で男性だと思う)がデザインしたに違いありません。ただでさえ埃が溜まり易い場所に置くものなのですから、もう少し、掃除する人のことを考えたデザインにできないものでしょうか。
⑤日本の大学の教職員は親切すぎる。フィリピンの厳し~いプロフェソールや、昼休みの5分前には窓口を閉めてしまうにべもないスタッフ、そしてに思いっきり非効率なシステムに慣れている私にとっては、すべてのことがあまりにスムーズに進む日本の大学は天国のようです。審査試験を私の帰国時期の都合に合わせてくださるというだけでも恐縮なのに、先生方があまりに親切で、本当に驚きました。事務手続きもものすごくシステマティックで、学内LANのパスワード再取得も、コピーカードの再発行も、1分で終わってしまう。在学証明は簡単な機械操作で直ちに取得できる。発表でパワーポイントを使いたいと教務に申し出れば職員の方が機器の設定までやって下さる。いくら学費を払っているとはいえ、この至れり尽くせりぶり、いちいち、うろたえてしまいます。この安楽さに、慣れすぎないようにしないと。
⑥日本の学生は横柄すぎる。生協で無理な要求を通そうとする学生、教務の昼休みの時間に平気で戸を抉じ開けて一方的に用件をしゃべる院生を数回目撃しました。それに対して何も言わない職員さんもすごい…。人間ができているというか、なんというか。教員にせよ、生協や教務の職員にせよ、日本の大学で学生を相手にするって、これこそ、魂を擦り減らす労働じゃないでしょうかね。
⑦日本の市役所と郵便局の窓口の人はやさしい。以前は、横柄か慇懃無礼かどちらかだと思っていたけれど、ちっともそんなことはありません。
⑧日本の電車はやっぱり、とても速い。脱線しないか心配になります。
⑨日本のバスはバス停のあるところでしか停まらないくせにとても遅い。

 …立場が変わってモノの見方も変わったのだ、という説明で片付けられません。他者への想像力が欠如しているからでしょうか。これでは、日本に適応できません。友人Wataruさんは、久しぶりにフィリピンに渡航する際によく「体の中の細胞がすべてフィリピン産の原子によって構成されるような感覚」っていう表現を使うけれど(プラスの意味で)、私の細胞はなかなか生まれ変わらないみたいです。
 フィリピンに帰りたいとか、逆に帰りたくないとか、そんなことはちっとも思わないのですが、なんでしょうか、この不思議な感覚は。
 
 先日、ある用件で、京都から遠く離れた地方都市の病院を訪れました。田畑に囲まれた空気のきれいな場所にあるサナトリウム併設のその病院は、土曜の午後だというのに多くの外来客と、入院患者への面会と思われる方々で混み合っていました。入り口には作業療法中の患者さんたちの作品がかわいらしく展示されていて、職員の方々はとてもきびきび明るくて親切そうでしたが、待合ロビーの空気はとても重くて、私は行き交う人々のそれぞれの思惑をいちいち想像してしまって、なんだかまたひとつ、余計な偏見をもってしまった気がしました。これから生きていく上で百害あって一利ないような、どうしようもない種類の偏見。
 その翌日、自宅で、映画「グッド・ウィル・ハンティング」を観ました。他人との関わりに問題を抱える青年と精神科医の交流を描いた、数年前の話題作。臨床心理士を目指して大学院に通う末の弟が、夏のオープンキャンパスで使うとかで、たまたま大学図書館からビデオを借りてきていたのです。
・青年の台詞にもあったけれど、セラピーを施す側の精神科医がしゃべりすぎでは?
・主人公の青年、比較的まともでは? 極端に頭がいいのにちゃんと土方の仕事をこなしていて、仲間たちと付き合うことができて、適当なガールフレンドだって作れて…十分じゃないですか。心を閉ざしている理由も実にわかりやすくて、ニートとか引きこもりの日本の若者に比べればはるかに扱いやすそう!
 …という点がすごく気になりましたが、いい映画でした。弟たちの企画どおり、カウンセリングやセラピーを身近に感じてもらうための導入としては、たぶん、とってもいいんでしょうね。だいたい病院って怖いところだし、その中でも精神科ってもっとも敷居が高いところですが、要はイメージの問題なのかもしれません。
 けれど、それにしたところで、あのときの病院と、静かなJRの駅から片道30分、行きも帰りも、蒸し暑い薄曇の中をひたすら歩いた記憶は、もう、まるで真夏の午後の空気みたいにべったりと張りついて取れません。つい最近のことなのに、どんなに思い出そうとしても、よみがえる記憶は、曇った空の下に伸びるがらんとした国道と、病院の近くにあった人気のない業務スーパーの看板と、本数の少なそうな私鉄の踏み切りばかり。(こうして言葉にするといかにもハルキ的かつス○シ○オ的ですが、事実は、もっと、ずっと重かったです。)

 ちなみに私は太宰治の「皮膚と心」を読んで以来、皮膚科が怖く、大学病院の皮膚科の前を通ることすらできません(幸いなことにこれまで、特に行く必要を感じたことはないのですが…)。

 でも、ハルキとか太宰とかを思い出せるようになってきただけ、私の体の中にも少しずつ日本産の細胞が生まれつつあるのかも。新しく買った伊坂幸太郎の本はマニラに持っていこうとと思います。日本でEraserheadsを聴いてもいまいち響かないのと同じように、マニラで日本のものを読んでも、うまく感覚が掴めないかもしれないけれど。

 この乖離感。他者への想像力を鍛えれば、いつか乗り越えられるのでしょうか?
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by saging | 2008-07-14 19:15
研究会終了
 フィ○ピン研究会、いつもどおりとても楽しかったです。Masaさんをはじめとする実行委員会の皆さん、それから京都在住フィリピン人の皆さん、本当にありがとうございました。
 今年は、自分の関心に近いテーマの発表が多くて、とてもおもしろかったです。土地問題や都市貧困ってやっぱり売れ筋のテーマなのでしょうか。私も負けないようにがんばろうと、久しぶりに(1年ぶりに)人前で「発表」なるものをさせていただき、多くのコメントをいただくことができました。ありがとうございました。
 ただでさえ日本のペースが掴めずにフワフワしていたのに加えて、懐かしい知人との久しぶりの再会で、とてもハイになってはしゃぎすぎました。温かく迎えいれてくださった皆さん、本当にありがとうございました。とても、とても嬉しかったです。幸せです。
 それから、ずっと見守ってくれているAさんとWさん。マニラでもいつでもそうですが、今回は特に、私は、あなたがたの思いやりをずっとずっと感じていました。Maraming maraming salamat. 
 これからもずっとずっと皆さんと元気に(あり余るくらい)議論しておしゃべりしたいから、そのことを忘れずに、がんばりますよ。次回お会いするときまで、皆さん、お元気で!
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by saging | 2008-07-06 22:51 | フィリピン研究
一時帰国
 休暇をいただいて、日本に帰ってきました。
 帰国にあたっての一番の問題は飛行機でした。以前は決してそんなことはなかったのですが、最近、スピードの速い(←私の主観)乗り物がとても怖いのです。飛行機はその最たるもので、今年3月のネグロス出張の際は、「落ちる」と思い込んでコールボタンを何度も押して隣席の方と搭乗員さんに多大なご迷惑をお掛けしましたし、4月の政治学会@ドゥマゲッティの際も往復の飛行機の中で死ぬかと思いました(←あくまでも主観)。
 私はなんとか4時間のフライトを耐える策を考えました。搭乗直前に強いアルコールを飲んで意識を飛ばしたいところですが、そんな状態で搭乗させてもらえるのかどうか疑問。それに液体は機内持ち込み禁止のはず。友人たちからは、カモフラージュのため携帯洗顔料の瓶にアルコールを入れて機内に持ち込んで搭乗後すぐに飲む、出国審査後に免税店でアルコールを買って飲む、という案も出されたのですが、そこまでいくともはや、パニックどころか依存症です!

 結局、チェックインカウンターで、①翼の見える席、②できれば隣に人がいない席、にしてほしいとお願いしました。幸い飛行機はガラガラで、最後尾の窓際席にしてもらい、途中少し揺れたものの、無事に帰ってくることができました。タイ航空に感謝。途中、搭乗員さんが交代で、みんな制服のままで、かわいい「マイ毛布」を被って寝ていたので心が和みました。

 それにしても、日本は本当にきれいな国ですね。群青の空から見下ろす大阪の街は輝いていましたし、関空からの高速道路は22世紀に続く道路のようでした。空港から自宅に向かう道すがら気づいたことは以下の通り。
①日本の車はまるい。角もまるいし、全体のフォルムもまるいです。特に軽四、いつからあんなに丸くなったのですか? 他の車も、バスも、郵便局の車も、とても丸い気がします。あんな車、フィリピンにない!
②日本の電車はとても速い。信じられない。
③日本の道路はとても良い。
④MKスカイゲイトシャトルの運転手さんは腰が低すぎる。あまりに低姿勢なのでこちらが恐縮します。

 今日は日本に慣れるため、美容院と図書館と、その後、フィールドワーク用の新しいデジカメを探すために繁華街の電気屋さんを見に行ったのですが、なんだか初めての街を歩いているようで、どきどきしました。切符販売機がハイテクなのも、道に穴があいていないのも、街角で何かを配っている人がたくさんいるのも、みんなおしゃれなのも、ものすごく物が豊富なのも、なんだか珍しくてたまりません。私はヨーロッパに行ったことがありませんが、もし初めてヨーロッパに行ったらこんなふうに感じるのじゃないでしょうか。それくらい、知らない世界にきた感じでした。人の話し声が聞こえると、「あ、日本語をしゃべってる」と思いました。
 繁華街を歩きながら「すごい、町全体がマカティみたい」と思い、いや「マカティが日本みたい」と思うべきなのじゃないかしら、と思い直し、そもそもそんなの比較すべきじゃないだろうと思い、なんだか、混乱してしまいました。これまでも長く日本を離れたことはありましたが、いくらなんでも、こんなことは初めてです。電気屋さんでも、うまく店員さんに声をかけることができずに帰ってきてしまいました。
 明日から研究会なのに、うまく人と話せるかどうか、流れに乗れるかどうか心配です。
 
 今日気づいたこと。
①日本の女性の靴のヒールは高い。踏まれるのが怖いです。
②日本は子供が少ない。
③日本のコンビニにあるお惣菜とパンとペットボトル飲料の品揃えはすごい。日本って、一人で生きていくことのできる国ですね。
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by saging | 2008-07-04 20:58 | その他