Keso de Bola とは、 「表面は赤いのに中は黄色い」フィリピンのボール型チーズ。転じて日和見主義者。       かつてお世話になった、現地の言葉で「灯台」と呼ばれるマニラ湾岸のスラムを、ガラス越しに。
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東京フィリピン研究会
週末は「東京フィリピン研究会」に初参加。今回は発表者の方も魅力的だし、テーマは「フィリピン市民社会の現代的位相」だし、是が非でも行きたい、と思って参加させていただいた。発表も議論も、とても刺激的でおもしろかった。市民社会は都市貧困層を包含できるのか、という議論はもしかしたら不毛なのかもしれないと思いながらも、それでも、私にとってはとても気になる議論で、ついつい熱く身を乗り出してしまう。発表者のIさん、事務局のMさん、そしてご参加の皆様方、すばらしい時間をありがとうございました。
7月には神奈川大学で、フィリピン研究会全国フォーラムが開催される。とても楽しみです。どなたでも参加できるので、このWebサイトをご覧になっている方で関心のある方は、ぜひ下記サイト内の案内をご参考に。
東京フィリピン研究会→ http://www.d1.dion.ne.jp/~zmackey/

今回も、往復夜行バスを利用した。私は中高生のときから、所属していた青少年NGOの活動や会議で東京に行くために数え切れないくらい夜行バスを利用しており、ムーンライトながらにも何度も乗ったことがある。(ムーンライトながら、以前は大垣夜行と呼ばれたいわゆるJRの特急車両の鈍行で、座席がリクライニングしないばかりか電灯は一晩中つきっぱなしで、冬場は駅に着くたびに扉から風が入ってきて凍えそうになる、という、きわめてひどい環境のもとで走っている。夜行ではなく昼間に京都‐東京間を移動したことも数回ある。青春18きっぷを使えば一日乗り放題2,300円という破格の安さではあったけれど、さすがに、できればあれはもう利用したくない。)各社の夜行バスの種類、夜行で朝早く目的地に着いたときの時間の過ごしかたなどについては、他人よりはちょっと詳しいはず。高校生のときは、土曜日のお昼に学校が終わるとそのまま新幹線に乗って東京に行って、土・日と会議やイベントに出席して、日曜日の晩は大学生に付き合ってもらって夜行バスの時間まで新宿で遊び、月曜の早朝に京都に戻り、朝7時ごろから開いている銭湯に行ってから何もなかったふりをして学校に行く、という生活も体験した。よくもまあ、それで大学に進学させてもらえたものだ。そういえば、今回の研究会でお会いしたAさんに「ジャンヌ・ダルク」と呼ばれて、私はかなり衝撃を受けた。たぶん、私がNGO活動家だったこと、マニラでスラムに入っていたことを指してそうおっしゃったのだけれど…私はそれほど勇敢でもCause-Oriented(大義志向型)でもないと思います。

私がここ数年、上京の際にもっぱらお世話になっているのは、関西―関東間の格安夜行バス「オリオンツアー」http://www.orion-tour.co.jp/ である。今回は満席だったので、行きは「シティライナー」http://www.otokubus.com/ を利用した。どちらもほぼ同額(片道4300円)で、2人がけシートでリクライニングなし、車内に手洗い設備がないため、サービスエリアに止まるたびにアナウンスと電灯で全員が起こされる、という乗り心地のきわめて悪い交通手段ではあるものの、どこでも寝られる私のような屈強な若者にとっては、このくらいでいいのです。
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by saging | 2005-04-29 21:27
機会の到来

それにしても、
「日本国民は、自衛隊が撤退するように政府に圧力をかけてくれ」
というこの声明は、日本の運動家にとっては、またとない「機会」だ。タローやティリーの言った、政治的機会。そう呼ぶしかありません。

今回の場合、政治的状況や社会的環境が運動をもりあげたのではない。初めから運動の好きな人たちが、状況や環境に飛び乗って利用したのだ。

たとえば仮に、アメリカの退役軍人の会とか、弾薬庫を管理する利益団体とかがあったとして(あくまでも仮にですよ)、彼らが突然、在米邦人を誘拐し、
「3日以内に自衛隊の要員を増やさなければ人質を殺す」
「ついでにいまさらだがパキスタンにも自衛隊を送ることを決めなければ人質を殺す」
「日本の国民は、政府に圧力をかけてくれ」
と言い出したらどうなるのだろう、と考えてしまう。
同じ誘拐でも、日本の市民団体はこれらの要求には見向きもせず、犯行グループの卑劣さを責めるか、裏でブッシュが絡んでいると見るかだろう。

私が言いたいのは、つまり、
「市民運動側は今回の事件を政治的機会の到来として利用した」
だけだということである。
今回の事件を機に、自衛隊の撤兵を求める人が増えたわけではなくて、運動をしたのは、前々から自衛隊の派遣に賛成している人であって、彼らは、このチャンスにすかさず乗った。ただそれだけのことである。

あんなに市民運動をしたのにイラク戦争は予定通りに起こり、日本の活動家たちは深く失望した。だから、今回こそは、
「われわれの運動の努力が結実した!」
と主張したいだろう。彼らによれば、あの3人は「人道的な崇高な目的で、日本政府に見捨てられたイラクの人々を助けに行った勇敢な若者」で、日本政府は「何もせず、三人を見殺しにしようとした」悪者で、市民運動は「あらゆる手を尽くして問題の解決のために大活躍した」ヒーローたち、と。
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by saging | 2005-04-11 16:44 | イラクでの人質事件(04年)