Keso de Bola とは、 「表面は赤いのに中は黄色い」フィリピンのボール型チーズ。転じて日和見主義者。       かつてお世話になった、現地の言葉で「灯台」と呼ばれるマニラ湾岸のスラムを、ガラス越しに。
管理人sagingより
ホームページ:日和見バナナ

ご連絡はsaging[at]46ch.netまで
以前の記事
検索
カテゴリ
人気ジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧
<   2004年 05月 ( 5 )   > この月の画像一覧
そろそろ、選挙の結果が
大統領選の結果は、どうやら、アロヨ大統領、ノリデカストロ副大統領の線で落ち着きそうだ。選挙からすでに2週間が経っているのにまだ「…そうだ」というあいまいな言い方しかできないのは、COMELEの発表はあくまでも非公式のものであり、結果を公表するのは議会だから。公式発表はいつになるのやら。

一方、上院選の結果は昨日、正式に発表された。改選12議席中、与党連合K4から6人、野党連合KNPから5人が当選。11位以下は大接戦なので、最後の一人はまだ決まっていないという。
当選が確定した11人の顔ぶれがおもしろい。
一番得票数が多かったのは、案じられていたとおりにMar Roxas(ロハス)氏。「ミスター・パレンケ(市場)」のニックネームで知られる、元貿易相。どれほどの財力があるのか、派手なTVコマーシャルを作成、フィリピンで昨年末に大ヒットしたおちゃらけ系ソングの替え歌に乗せて自分の名前を連呼したことで、一気に有名になった。
同様に、「ジャ、ジャ、ジャ、ジャーンビーィ!」という陽気なキャッチコピー(いや、キャッチコピーじゃなくて名前そのものなのだけれど)で知られるJamby Madrigalも見事当選。

注目すべきは、前大統領でいまは獄中にいるエストラダ氏の息子にあたるJinggoy Estrada氏が上院に当選を果たしていることだ。エストラダ氏も俳優出身だったが、息子も俳優。こちらも、"Jinggoy, Jinggoy I need you♪"という子供向けの歌謡曲で知られている。

観光庁長官出身のRichaed Gordon氏も当選。彼のニックネームは"Wow"。なぜWowなのかといえば、彼は観光庁時代に、フィリピン国内の観光スポットの発掘と活性化を目的とした"Wow Philippines"というプロジェクトを立ち上げたためである。イントラムルス内に国内観光案内所や地域物産展、地域紹介イベントステージを設置したり、駅や道路に観光スポットの美しい風景写真を掲示したりというかなり大規模なプロジェクトで、アロヨ大統領と彼の顔写真の横に”Wow”と書かれたそれらの掲示物は、国民にかなりのインパクトを与えていたのだ。
ちなみに、Wow Philippinesにはウェブサイトがある。えらく凝っている割には肝心の文字がひどく読みにくかったり、やたらと写真が重かったり、不要なのに壁紙が使われていたり…とつくづく奇妙なサイト。
http://www.wowphilippines.com.ph/
その奇妙さを体験したい方はこちらからご覧ください。なお、開くと突然に音楽が鳴り始めるのでご注意くださいませ。

要は、おもしろいニックネームを売ったもの勝ちなのだろうか??

私がひそかに応援していたCarlos Padilla(カルロス・パデリア)氏は落選だった。彼は先日までヌエバビスカヤ地方から下院議員として出ていた人で、人権活動家としての長い経験をもつ。都市貧困地区の立ち退きに批判的であり、一般の住民にもわかる易しく明確な言葉で、なぜ立ち退きはいけないのかという論理的な主張を政権にぶつける、非常に有能なかたである。左派系のParty-ListのBayan Munaの系列のグループも彼を推していた。
すばらしい方であるだけに、残念である。もう下院議員にも戻らないし、今後はどんな活動を展開されるのか、これからの彼の方向性に注目したい。
[PR]
by saging | 2004-05-25 22:59 | フィリピン(全般)
就職試験
大阪で就職試験を受けた。

3月にフィリピンから帰国して、いくつかの企業に履歴書や応募書類を送ったものの、今度は大統領選挙だなどといってこの重要な時期にまたしても1ヶ月も日本を離れていた私だが、切実に日本での就職を希望している。フィリピンの友人は口をそろえて、
「sagingが日本で仕事をしたいなんて、日本のcooperate job(=日本社会では諸外国よりずっと協調性が求められるということ)に就くなんて、信じられない!」
と言うのだが、本当に私は、日本企業で働くことを希望している。
しかし、身の程をかえりみずに無謀な業界を狙っているので、大半は書類選考で落とされており、就職試験は、今日を含めて、まだたったの3回しか受けたことがない。
1度目は、4月に受けた某研究職の筆記試験。まるで知能テストのような試験で、制限時間内にひたすら問題を解くというもの。英語では時間が余ったが、数学は半分しか終わらなかった。問題自体はやさしいのだろうが、私は暗算が遅いのだ…。さらに、同時に受験した人たちは私を除いてすべて男性、大半が国立大学院理系だった(私は私立大学院文系)。…これは3日後に不採用のメールをいただいた。
2度目はおとといのグループ面接。貿易や投資に関する調査提言を行う政府の外郭機関。
一人ずつ質問を受けるのだが、なにしろ面接も初体験の私は、ほかの人の態度、話し方、その内容などにいちいち驚いてばかりだった。面接に入ったときに
「ではどうぞ順にお座りください」
と言われたので座ると、ほかの人は椅子の前で立っていて、面接官がもう一度
「どうぞおかけください」
とおっしゃるのを待っているのでまずびっくり。これが常識なのだろうか?
ほかの人が話し始めると、私は
「ひえー、男の子も『わたくし』とか言うんだー(注:私は日ごろから自分のことを『わたくし』と言います)」
「すごいな、この人、饒舌だけどめっちゃ棒読み。暗記してるのかしら…」
など、これまた驚きの連続。自分も受験生だということをうっかり忘れるくらいにほかの人の話に耳を傾けては「ほぉ」と、面接官と一緒になってうなずいてしまう私であった。隣に座っていた男性に「私の売りは、数理的なものの考え方ができることです!」と断言すると、それに影響されて、
「私は逆に、数理的な分析が苦手で、きわめて温情主義的で、『ボランタリーセクターの失敗(byレスター・サラモン)』を体現してしまっているのですが…ボランタリーセクターを理解することにかけてはお任せください」
と答えてしまう始末。自信があるのは語学力のみである。でもまあ、特に緊張もせず、本当のことを言えたのだからいいとしよう。これも勉強。

そして3度目の今日。行政の地域環境保全プロジェクトの受託や生態系調査研究を担当している企業の書類選考をクリアし、今日は筆記試験ときいていた。行ってみると…、なんと、すべて小論文。400枚詰め原稿用紙が8枚配られ、800字2テーマ、400字3テーマ、そして200語以内の英語エッセイを課せられた。制限時間は2時間半。構成を考えたら後は、ひたすら書かなくては間に合わない。テーマは決して専門的なものではないだけに、文章力と個性が求められると思った。私は実は某学習塾で非常勤講師をしており、英語と国語と小論文の授業を担当している。日頃から生徒に社会問題をテーマに小論文を書かせ、その「ひどい」日本語を直し、さらには英作文の添削までしている。その面子にかけても、ここで落ちるわけにはいかない(もちろん、私の生徒たちは誰も知らないけれど)。私は迷わず英語から手をつけ、時間内にすべて書き終えたが…受かっているとはあまり思えない。
一緒に受験した方と帰路をともにした。彼女も国立大の理系で、とてもシャープな方だった。環境工学を専攻している彼女は、自分の専攻分野に関する知識には自信があるが作文と英語にはまったく自信がないと言っていたが、私はまったく逆で、自分の専門である「マニラの住民運動の研究」が日本の企業に役立つはずもない。理系は社会に貢献できるのだなあ、とつくづく思う。それに比べ、私の研究なんてほとんど”オタク”の世界である。
すこしでも自信があるのは、作文と英語だけ…。私は言葉というものをとても大切に思っているので、確かに、私は日本語でも英語でもタガログ語でも、自分の言いたいことをいろいろな文法や表現を使って書く。けれども、その内容が万人に説得的とはかぎらない。
すべてが温情主義的な気がする。英語だってそうである。私は英文を読み書きする量は多いほうで、毎日フィリピンの英字新聞を読み、参考文献も多くは英語かタガログ語、毎日のように英文のメールを書いている。ただ、私の読む論文はNGO活動家の書いたものであることが多く、メールの相手はフィリピンのNGOセクターの友人たち。彼らは「sagingのメールは実に情熱的だ」と言うが、それはつまり、裏を返すと…。

「ボランタリーの失敗」を体現しすぎた私が、無事に日本企業に就職できるのかどうか。
[PR]
by saging | 2004-05-21 01:00 | 就職活動(修士2年)
冬のソナタ
いつも硬い文章ばかり書いているので、たまには気を抜いて、日常に即したことを。

毎週土曜日の晩にNHKで放映されている韓国ドラマ『冬のソナタ』の視聴率が、毎週のようにあがっているらしい。ご多分に漏れず我が家でも、私と父と弟は3人で毎週欠かさず観ている。
実は私はマニラにいたときにこのドラマを頻繁に観ていた。タガログ語に吹きかえられていて、あちらでは週1回ではなくて毎日の夕方7時ごろに30分ずつ放送されていた。まさか毎回観ていたわけではないのでストーリーはあまりわからないままだったのだが(実際、あのドラマは第一回と第二回を観ていないとそのあとの流れが一切わからない)、フィリピンでも一大ブームとなっていた。タガログ語盤のDVD(20枚くらいセットになったもの)もちゃんと発売されているのだが、おもしろいことにフィリピンでは、登場人物の名前に変更がほどこされていた。ヒーローのイ・ミニョンは「レイモン(綴り不明)」という名前になっていた。10代の女の子たちはテレビを観ながら「レイモーン!」と叫んでいたもの。日本では「ミニョンさまー!」と叫ばれるところだ。ヒロインのユジンも確か、Jで始まる西洋風の名前に変えられていた。
フィリピンでは、「冬のソナタ」ではなく、”Endless Love”と呼ばれていた。きくところによると、もともとこれは ”Endless Love”という三部作ドラマの第二部目で、”Winter Song of Love”というサブタイトルがつけられているらしい。第一部が秋、第三部は春と聞いたことがあるが、ストーリーの繋がりはなく、フィリピンでも第二部の「冬のソナタ」だけが圧倒的に人気を呼んだとか。フィリピンの人々にとって、まだ見ぬ「雪」への憧れは相当のものがあるらしい。タガログ語では「雪」という単語はない(「氷」と同じ単語を使う)もの。「日本にもあんなに雪が積もるのか」と何度も訊かれた。いや、そもそもあのドラマの主な舞台はスキー場。ソウルに雪が降るシーンなんてほとんどないはず。それを説明してもどうもわかってもらえなかった。さらに、私が3月に日本に戻ってから4月にまたマニラに行くと告げたときには、数人の友人たちに「雪の写真を撮ってきて」だの「雪を保温ポットに入れて持ってくることは可能か」だのと言われた。(彼女たちはふざけているつもりはない。)ほかにもいろいろ訊かれた。「あんなに大きなコー
トを着て重くないんだろうか」とか、「どうしてレイモンたちはいつも違う種類のコートを着てるけど、あれって高いのかなあ」とか。いや、それはドラマだからだってば。
それにしてもこのドラマ、日本語で観てもタガログ語で観ても、全体のストーリーはさておいて、ほんとにおもしろい。「連ドラ」なんて久しく見たことのなかった私が毎週欠かさずに見てしまうほど、おもしろい。残念ながらちっとも「感動的」でもないし、「ミニョンさま、素敵」とも思わないけれど、ただただおもしろい。毎回のどうしようもない「殺し文句」は笑えるし、登場人物のほとんどがストーカーまがいの追っかけをしているのも可笑しすぎる。本当はラブ・ロマンスではなくコメディだったのではないかしらん。ポラリス・ネックレスはいらないけど、もしミニョンさまの「ゴーグルつきカーキ色パーカー(あれはどう見たって『風の谷のナウシカ』だろう)」の通信販売があったら、思わずネタとして買ってしまうかもしれない。実際にどこかで売られているのだろうか。あのゴーグルにどのくらいの実用性があるのか、気になってしかたがない。今後、ミニョンさまが再びあれを着るシーンがみられることを楽しみにしている。

観ている人にしかわからないことを書いてごめんなさい。観ておられない方は、機会があればぜひ1話だけでも観てください。日本でもフィリピンでも、話のネタになること請け合いです。
[PR]
by saging | 2004-05-20 21:53 | その他
国軍を訪問
マニラの選挙キャンペーンを追いかける合間に、フィリピン国軍(Armed Forces of the Philippines)の本部に行ってきた。
フィリピンでは、下院におけるParty-List制度(http://www.46ch.net/~saging/partylist.html)のために、もともとは共産党だった各種左派組織がPartyをつくって下院選に立候補している。
フィリピン共産党は、90年代初頭に毛沢東主義の農村における持久的人民戦争(PPW)の是非をめぐって分裂している。PPWを否定して離脱した元マニラ首都圏・リサール州支部のグループは、早くも都市での基盤固めを意図していたが、
PPWを肯定したグループの側も、Party-List制度のおかげで、いまや、大衆基盤を模索している。そして、各組織は、支持基盤を固めるために、どんどん、NGOや住民組織をつくっている。ところが、特に後者の側が、フィリピン政府当局(国軍、国家警察)のターゲットとなっている。
彼ら自身の言葉を借りれば
「われわれは農村における毛沢東主義の持久的人民戦争を遂行しながらも、都市における抑圧者、特に労働者階級や学生の地位の向上をも視野に入れた組織化をおこなう」
となるのだが、
当局側(国軍・国家警察)の表現を借りれば、
「彼らは、大衆からの票を得たいがために、共産党や新人民軍ゲリラが、NGOや住民組織を装って大衆を動員しようとしている」
となる。
当局側は、こうした「NGOを装う左派」をなんとかして規制したいと思っているようだが、NGO大国、民主主義国家、結社の自由をうたっている手前、公に規制することはできない。
私は、かねてから、なんとかして、この件についての「国軍側」の正式見解についてインタビューを行いたかったのだが、非常にセンサティブな話である上、まさか「NGOを規制する部署」というものが独立して存在するはずもないので、うまくアプローチできぬままに、1年が過ぎてしまった。
が、選挙直前になれば、政府も教育機関も、あるいはNGOも、こぞって、いわゆる「Voters Education」と称する有権者への教育(不正のないよう、よく考えて投票しましょうねという趣旨で)をおこなうので、国軍もそれをおこなうのはないかと思い、機会をうかがっていた。
案の定、先月から、国軍は「NGOの隠れ蓑をかぶった共産党に気をつけろ」というVoters Educationを国立大学などで開催している。
そこで、先週、フィリピン大学の教務課のご協力を得て、なんとか主催者に連絡をとり、インタビューにこぎつけ、録音して論文に引用しても良いという許可も頂き、Written Documentsもいただけることになった。
今日は、そのWritten Documentsを国軍本部に受け取りに行く日だったのである。
フィリピン国軍は、ケソン市のキャンプ・アギナルドと呼ばれる広大な基地の中にある。EDSA大通り沿いの、高架鉄道MRTのSantolan駅から見える場所にあるので、前から知ってはいたが、国軍のほか、防衛庁も入っており、向かいにはフィリピン国家警察の本部があるという「ものものしい」エリアなので、足を踏み入れたことはおろか、このSantolan駅で降りたことすらなかった。
今日は、先方に指定されたままに、MRTのSantolan駅で降り、Santolan Avenueまで約200Mを歩き、そこから約1KMほどジープニーに乗って、"Gate1"に到着。
ここぞとばかりにフィリピン大学のIDを見せて恐る恐る入ってみたが、なんのことはない、そこは、かわいらしい鳥小屋のある公園、簡単な軽食の屋台、ジョギングコース、などが並ぶ、一般市民の憩いの場所だった。
そこからさらにたっぷり10分以上は歩いて、指定の場所に到着。所望の品を無事にいただいた上、終了後は、Gate1までご丁寧に送っていただいた。

1年以上も思い続けてきたことが果たされたので、すでに、今回のマニラ滞在の目的を半分以上を果たした気でいる。
[PR]
by saging | 2004-05-04 01:14 | フィリピン研究
真夏のメーデー、街頭政治
今年も、やってきましたメーデー。
フィリピン人の大好きな「街頭政治の日」。

常夏のフィリピンで「夏」と呼ばれるこの季節、
街頭政治に参加するどころか、「生きているのがやっと」のこの季節に、
彼らは街頭に躍り出る。

今年も私はこれを追いました。詳しくは後日、記述します。
写真は、当日のある街頭政治の様子。
b0031348_122498.jpg

[PR]
by saging | 2004-05-01 01:16 | フィリピン(全般)