Keso de Bola とは、 「表面は赤いのに中は黄色い」フィリピンのボール型チーズ。転じて日和見主義者。       かつてお世話になった、現地の言葉で「灯台」と呼ばれるマニラ湾岸のスラムを、ガラス越しに。
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カテゴリ:就職活動(修士2年)( 3 )
最終面接試験
なんと、絶望的と思っていた、前回の民間企業研究所から、
「前回の二次選考試験(SPI適性検査)を踏まえ、東京本社での面接試験に進んでいただきます」
という案内をいただいた。これが最終選考らしい。
不合格間違いなしと思っていただけに、私はただ驚愕するばかり。国立大の理系院生に囲まれて受けた前回の筆記試験(数学・推理問題が中心)で、私がよい成績を記録できたはずがない。

私は、心から、この企業に関心があった。行政からの受託を主とするこの会社は、小企業ではあるが、日経や日経産業新聞、週刊ダイヤモンド、業界紙などで読むかぎり、ものすごく魅力的な業務を国家や自治体から次々と受託しており、入札よりも指名が圧倒的に多い。株式も店頭公開されていて、財務体質は良好。スタッフは技術士など、資格を持った専門家ばかりのようだ。
私はこの企業に強く惹かれていた。4つの小論文を課される書類審査、ひたすら論文を書かされる一次試験、ハイレベルのSPIを受けた二次試験を受けさせていただいただけでじゅうぶん、「たとえ落ちたとしても、いい経験をさせていただいたなぁ」と思っていたので、面接まで進ませていただけるなど、願ってもいない幸福だった。

というわけで、さっそく先日、指定の日に新幹線で東京に向かい、面接を受けさせていただいたのだが、その面接のというのが、いっぷう変わったものだった。まず案内された部屋では、課長(2人)と常務(おそらく人事担当)が待っていてくださり、私一人のために、面接に1時間強の時間を割いてくださった。そして、
「そのままでお待ちください。もう一件、面接を行います。」
と言われ、座ったままで待っていると今度は社長と副社長が来てくださり、さらに1時間半の面接。

この面接は、一言で言えば、素晴らしかった。私などのためにこんなに時間をとってお話をいただいてよいのだろうかと、何度も思った。社長をはじめ、どの方も、そこでシンクタンカーあるいは行政コンサルタントとして働くことの困難、現在どんな人材を必要としているのか、といったことを、非常に具体的かつ論理的にお話してくださった。私はそこでやっと、なぜ文系で異色の自分がこの企業の選考に最後まで残ったのかを知ることができたし、会社側の方々が私を採るかどうかで迷っておられること、そして、なぜ、どこでどうして迷っておられるのか、そうしたことをつぶさに理解することができた。
私の志望している部署は、住民参加型の条例づくりや自治体と市民との懇話会(コンサルテーション)における仲介者(インターミディアリー)としての機能を行政から委託されている。そのため、先方は、私が筆記試験の際に記述したフィリピンの地域開発の事例、そのノウハウに関心を抱いてくださった。加えて、語学と海外での調査経験を評価してくださったようであった。しかし、先方いわく、
「あなたの話はおもしろい。しかし、私たちからすれば、それらはツールであって、専門分野とは呼べないのです。貴方は英語ができるでしょうし、市民参加のプロと呼べるかもしれない。英語も市民参加も技術でしょう。しかし、それらはツールであって、ゴールではないのです。ゴールになりうる技術とは、私たちがこれまでに求めてきた、生態学、物理学、生物学、造園業などです。貴方を採用したとして、貴方のもつ技術をそのまま、ゴールとして利用することはできないのです。貴方にはこれから、ゴールたりうる何らかの技術を、ある程度は学んでいただかなくてはなりません。たとえば、市民参加に関するノウハウをもたない甲虫専門家は務まりますが、市民参加のノウハウ以外を知らない人は務まらないのです。貴方には、私たちが思うところの"ゴールとなる技術"を身につけていただかなくてはなりません。しかしそれらは理系です。貴方にそれができるか、貴方にその可能性があるのか、私たちは、そこを見極めたいのです」

非常によくわかった。このように説明してくださったおかげで、私は、いったい何を言われているのか、何を見られているのか、何を求められているのかということをはっきりと理解することができた。面接を担当してくださった5名の役員の方々は、どなたも、非常に論理的に、わかりやすく、真剣にお話をしてくださり、その都度
「私たちの言っていることをわかっていただけますか」
と確認してくださった。そのたびに私は、自分の言葉で
「いまのご説明で、非常に明確になった気がします。それは、~ということですね。」
と言葉にして確認させていただき、先方は、
「そういうことです。それについて、どう思いますか」
とお尋ねになり、さらに私が答えたことに対して、逐一、丁寧なコメントをしてくださった。繰り返すうちに途中から、面接というよりもディスカッションのようなスタイルになってきたように感じた。
一貫して、きわめて論理的で合理的な言葉が話された。私は、先方のおっしゃる内容と論理、そしてその伝え方、そのすべてに強い感銘を受けた。素晴らしい時間だった。ここで働きたいという思いはいっそう強くなった。

もし選考に落ちたとしても、なぜ落ちるのか、あの会社がどんな人材を求めていて、そのうち私には何が足りなかったのかということが理解できるし、それを踏まえて、今後の自分の行く末を考えることができると思った。むしろ、あれだけの時間をかけて、取締役みずから、それをきちんと説明してくださった先方に、ただただ感謝するのみである。
私は就職活動の経験は非常に少ないけれど、いくら最終面接とはいえども、面接にあれだけの重役の方々があれだけの時間をかけてくださる例はあまりないということは、両親や親戚をはじめとする、企業生活が長く、経験豊富な周りの大人の方々のお話でよくわかった。あんな面接を実施してくださるところは滅多にないだろうし、あの面接を受けさせていただけただけで、かなりの価値だと思う。綺麗事ではなく。面接中に何度、「ああ、なんて頭の切れる、話の上手な方だろう」と思ったことか。

…まあ、とはいっても、綺麗事じゃなく物理的に、職が得られないとちょっと困るので、よい結果を心待ちにしているのは事実である…しかし素晴らしい時間だった。いつか私の人生の中で「お金が余る」ような事態が起きた場合にはあの会社の株を買おうと思うくらい。:)
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by saging | 2004-06-16 01:56 | 就職活動(修士2年)
SPI初体験
就職先として第一志望である、民間の研究所の第一次採用試験(論文試験)に合格していた。
この研究所の業務の多くは工学系の分野であり、採用されるのは国立大の理系院生がほとんどという噂をきいており、書類選考の段階で落とされる覚悟をしていただけに、一次選考通過のメールを受け取ったときの驚きは大きかった。
先日は、次のステップである、SPIと呼ばれる適性試験を受けた。
SPIは、言語、非言語、性格適性の3部門から成る。
言語はいわゆる国語のテストで、日本語の語彙や熟語、ことわざ、接続詞の当てはめ、文章読解などの問題を30分で解く。
非言語は中学生レベルの数学と初級物理。
先方から適性試験のご連絡をいただいてから、さっそくSPIの問題集を購入した。古本チェーンBook Offなら105円。
SPIを受けたことのない方は、ぜひ書店でパラパラとでもご覧になっていただきたい。はるか昔の記憶を呼び起こされるだろう。「つるかめ算」なんて、「不等式」なんて、「中点連結定理」なんて、いったい、大学生の何パーセントが覚えているだろうか。

塾で国語の講師をするほど国語が好きな私にとって、言語は非常に簡単だ。数学にしても、公立中学レベルの数学なら一時は塾でも担当していたことがあるので、つるかめ算も中点連結定理もわかるし、解の公式だって使える。ただ、私は致命的に計算が遅いので、時間制限のあるSPIでは命取りとならないよう、事前に練習して慣れておかなくてはならないだけだった。
しかし、「手も足も出ない」問題にも直面した。数学のN進法や等比級数。私の高校のカリキュラムは変則的で、多くは生徒の自由選択にゆだねられており、私はシグマや等比級数も避けたままで卒業した(シグマは大学に入ってから統計学で学んだ)。それから、物理はいくら中学レベルでもさっぱりわからない。オームの法則も落下運動も、中学・高校で赤点を並べたこと以外にはなにも思い出せず、問題集の解答に記載されている式すら理解できない。
これでこの研究所に入りたいと希望すること自体が身のほど知らずだと思いながらも、行政学系の文系求人枠もあることを祈って、とにかく付け焼刃で、物理学を専攻する我が弟に家庭教師になってもらい、一夜漬けでひたすらに詰め込んで、当日の試験に臨んだ。このあたり、中高生時代からまったく進歩がない。

当日のSPIは私の予想をはるかに超えていた。
第一部の言語問題(30分)は、ほぼ問題集どおりの形式で、難なく終わった。
第二部は、数学の推理問題。ブラックボックスに数字を入れる問題や論理学的な推理問題がずらりと並んでいた。解けるものから解いたが、制限時間の30分以内には4分の3も終わらなかった。
第三部もやはり数学。それも、原価計算とグラフの読み取り、そして順列組み合わせに特化した問題ばかりだった。これも30分だったが、時間はまったく足りない。
そして、第四部と第五部が、あわせて40分間の性格適性検査だった。

私にとってはこれがSPI初体験だったのでほかとは比べようがないが、一緒に受験した国立大の理系院生にあとからきいたところによると、今回のSPIは通常のよりずいぶんハイレベルだったそうだ。さすがである。私はもうこれ以上は進めないだろうが、今回は、ちょっと変わったSPIを受けさせていただくことができてよかった。

ここを落ちると、もう残る選択肢は3つくらいしかない…。危機感をおぼえた私は、もう少し希望業種の幅を広げるために大学の就職課に通うことにした…。
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by saging | 2004-06-04 21:58 | 就職活動(修士2年)
就職試験
大阪で就職試験を受けた。

3月にフィリピンから帰国して、いくつかの企業に履歴書や応募書類を送ったものの、今度は大統領選挙だなどといってこの重要な時期にまたしても1ヶ月も日本を離れていた私だが、切実に日本での就職を希望している。フィリピンの友人は口をそろえて、
「sagingが日本で仕事をしたいなんて、日本のcooperate job(=日本社会では諸外国よりずっと協調性が求められるということ)に就くなんて、信じられない!」
と言うのだが、本当に私は、日本企業で働くことを希望している。
しかし、身の程をかえりみずに無謀な業界を狙っているので、大半は書類選考で落とされており、就職試験は、今日を含めて、まだたったの3回しか受けたことがない。
1度目は、4月に受けた某研究職の筆記試験。まるで知能テストのような試験で、制限時間内にひたすら問題を解くというもの。英語では時間が余ったが、数学は半分しか終わらなかった。問題自体はやさしいのだろうが、私は暗算が遅いのだ…。さらに、同時に受験した人たちは私を除いてすべて男性、大半が国立大学院理系だった(私は私立大学院文系)。…これは3日後に不採用のメールをいただいた。
2度目はおとといのグループ面接。貿易や投資に関する調査提言を行う政府の外郭機関。
一人ずつ質問を受けるのだが、なにしろ面接も初体験の私は、ほかの人の態度、話し方、その内容などにいちいち驚いてばかりだった。面接に入ったときに
「ではどうぞ順にお座りください」
と言われたので座ると、ほかの人は椅子の前で立っていて、面接官がもう一度
「どうぞおかけください」
とおっしゃるのを待っているのでまずびっくり。これが常識なのだろうか?
ほかの人が話し始めると、私は
「ひえー、男の子も『わたくし』とか言うんだー(注:私は日ごろから自分のことを『わたくし』と言います)」
「すごいな、この人、饒舌だけどめっちゃ棒読み。暗記してるのかしら…」
など、これまた驚きの連続。自分も受験生だということをうっかり忘れるくらいにほかの人の話に耳を傾けては「ほぉ」と、面接官と一緒になってうなずいてしまう私であった。隣に座っていた男性に「私の売りは、数理的なものの考え方ができることです!」と断言すると、それに影響されて、
「私は逆に、数理的な分析が苦手で、きわめて温情主義的で、『ボランタリーセクターの失敗(byレスター・サラモン)』を体現してしまっているのですが…ボランタリーセクターを理解することにかけてはお任せください」
と答えてしまう始末。自信があるのは語学力のみである。でもまあ、特に緊張もせず、本当のことを言えたのだからいいとしよう。これも勉強。

そして3度目の今日。行政の地域環境保全プロジェクトの受託や生態系調査研究を担当している企業の書類選考をクリアし、今日は筆記試験ときいていた。行ってみると…、なんと、すべて小論文。400枚詰め原稿用紙が8枚配られ、800字2テーマ、400字3テーマ、そして200語以内の英語エッセイを課せられた。制限時間は2時間半。構成を考えたら後は、ひたすら書かなくては間に合わない。テーマは決して専門的なものではないだけに、文章力と個性が求められると思った。私は実は某学習塾で非常勤講師をしており、英語と国語と小論文の授業を担当している。日頃から生徒に社会問題をテーマに小論文を書かせ、その「ひどい」日本語を直し、さらには英作文の添削までしている。その面子にかけても、ここで落ちるわけにはいかない(もちろん、私の生徒たちは誰も知らないけれど)。私は迷わず英語から手をつけ、時間内にすべて書き終えたが…受かっているとはあまり思えない。
一緒に受験した方と帰路をともにした。彼女も国立大の理系で、とてもシャープな方だった。環境工学を専攻している彼女は、自分の専攻分野に関する知識には自信があるが作文と英語にはまったく自信がないと言っていたが、私はまったく逆で、自分の専門である「マニラの住民運動の研究」が日本の企業に役立つはずもない。理系は社会に貢献できるのだなあ、とつくづく思う。それに比べ、私の研究なんてほとんど”オタク”の世界である。
すこしでも自信があるのは、作文と英語だけ…。私は言葉というものをとても大切に思っているので、確かに、私は日本語でも英語でもタガログ語でも、自分の言いたいことをいろいろな文法や表現を使って書く。けれども、その内容が万人に説得的とはかぎらない。
すべてが温情主義的な気がする。英語だってそうである。私は英文を読み書きする量は多いほうで、毎日フィリピンの英字新聞を読み、参考文献も多くは英語かタガログ語、毎日のように英文のメールを書いている。ただ、私の読む論文はNGO活動家の書いたものであることが多く、メールの相手はフィリピンのNGOセクターの友人たち。彼らは「sagingのメールは実に情熱的だ」と言うが、それはつまり、裏を返すと…。

「ボランタリーの失敗」を体現しすぎた私が、無事に日本企業に就職できるのかどうか。
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by saging | 2004-05-21 01:00 | 就職活動(修士2年)