「ほっ」と。キャンペーン

Keso de Bola とは、 「表面は赤いのに中は黄色い」フィリピンのボール型チーズ。転じて日和見主義者。       かつてお世話になった、現地の言葉で「灯台」と呼ばれるマニラ湾岸のスラムを、ガラス越しに。
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カテゴリ:フィリピン(全般)( 76 )
マニラ到着
 イースター・サンデーを控えた土曜の夜、フィリピンに到着しました。

 初めて、全日空便を利用。マニラに到着して、少し見ない間に空港ずいぶんきれいになったなーと思ったら、ターミナル3でした。セブ・パシフィック以外も運航しているのですね。
 空港で偶然、友人のTさんとに遭遇。「自分探しの旅」ってからかわれました。違いますって!

 空港からの道すがら、マニラの夜の暗さに、驚きました、こんなに暗かったのですね。東京が明るすぎるのですが、それにしても。バンコクよりはるかに暗いです。特にオスメーニャハイウエイ(国鉄線路沿い)、真っ暗で怖すぎます。
 あと、道を歩いている人たちの服装がカジュアルすぎることにも驚きました。久しぶりに見た、チネラス(ゴム草履)にだらだらのTシャツ・短パンスタイル。バンコクの人はこんな格好で外を歩きません。やっぱマニラって、違いますね。初めて来る人は、けっこう怖いことと思います。

 古き良き下町Sta Anaにある、今年1月に100歳のお誕生日を迎えたJessie Lichauco叔母さまの邸宅にお世話になっています。かつて、1年くらい住まわせていただいたおうちです。オバマ大統領夫妻のサイン入りのお誕生日カードがテーブルの上にごく当たり前のように置かれているようなおうちです(在フィリピン米国大使を通じて届けられたそうです)。

 ラジオからはイエスの復活の意味を説くフィリピン訛りの英語が流れていて、パシグ川の遠くのほうで爆竹が鳴り、ジープニーかトライシクルの音が響いています。
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by saging | 2012-04-08 01:42 | フィリピン(全般)
訃報
あのBoyさんが、亡くなりました。

http://www.abs-cbnnews.com/nation/02/29/12/ex-dar-chief-boy-morales-dies

マルコス政権の、86年政変の、民主化後の…そしてエストラダ政権のキーパーソンだった彼が、そして、それ以上に、ムードメーカーで、あんなに素敵で、お話上手だった彼が、この世から消えてしまったということが、あまりに衝撃的で、理解することができません。

著名人でしたが、本当に気さくなお父さんみたいな方で、、私の大好きな、そして尊敬する人生の先輩の一人でした。会うたびに、幸せになれるような人でした。
お父さんみたい、とはいっても、いろいろな事情はあったようですが、そこはいつもフィリピン人らしく振る舞っていて、それがなおさら、フィリピンのお父さんみたいな感じでした。

もっともっと、お話をきかせてほしかったのに。
毎年9月のお誕生会――エストラダ大統領夫妻も現れるあのお誕生会――が、いつまでもいつまでも続くものだと思っていたのに。
もっともっと、懐かしい音楽に包まれた嬉しそうな姿を見たかったのに。
得意だというヨガの「ヘッドスタンド」を、一度でいいから見たかったのに。

2007年、中間選挙で野党連合のスポークスマンだったのに、4月のイースター休暇はバギオでFamily Dayを過ごし、友人たちを誘ってのんびりゴルフでもしたいのだと言って、私の当時の職場の上司を誘っておられました。彼女(上司)は快諾し、バギオへ。なんだか、とても楽しかったようです。
その上司も、1年前に旅立ってしまいました。
どうか、天国でプレイの続きを楽しんでください。

ご冥福を、心からお祈りします。
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by saging | 2012-02-29 23:26 | フィリピン(全般)
グリーティングカード
 ペナンから戻って2週間。勤務以外の時間はひたすら、海外の友人たちへのグリーティングカード(あと、ペナンでお世話になった人たちへのお礼状も)の用意に没頭し、先日やっと、すべての発送を終えることができました。フィリピン125枚、タイ18枚、その他の国14枚。…交友関係の偏りが顕著です。
 住所録が膨らむ一方の「フィリピン」分を減らすため、FacebookやメールやチャットでGreetingsできそうなカジュアルな友人へのカード送付は省くことにしたのですが、それでもまだ、この数。これ以上は削れません。大学の先生と、前の職場で知り合った方々が半分くらい。あとは、インフォーマントになってくださったスラムの方々とか、ひとかたならずお世話になっている友人とか。
 市販のカードではなく自分で印刷したものを使ったのですが、それでも、郵送費だけでけっこうな額です。でも、マニラでクリスマスを過ごしたとしたら、会う人ごとにプレゼントを用意して、ガードマンや管理人さんにも心付けをおねだりされて、洗礼子(4人います)には奮発して、誰かのおうちやオフィスを訪問するときは(仕事でもフィールドワークでも個人的な用事でも)必ずチキンだのフルーツケーキだのワインだのハムだのパンシット(焼きそば)をだの持参して…と、ものすごく出費が続くので、郵送費くらい、たいしたことではありません。
 本当に、フィリピンのクリスマスはすごいです。このblogにも毎年書いているような気がしますが、体力と財力と精神力、あと胃袋力(?)がないと、とても乗り切れません。キリスト教国なのに、クリスマスは決して厳かな祭典ではなく、現金が飛び交うほどの世俗的でアホなお祭り。フィリピンに住んでいたときは、あのお祭り騒ぎについていくのが本当につらくて、バンコクに逃避したこともありました。いまでも思い出す、強烈にアホな思い出は…普段は真面目な顔をしているNGOスタッフたちが「バナナ早食い競争」に夢中になっていたこととか、12月初旬に仕事で某下院議員の事務所に行ったら昼間の3時なのにワインを出されて仰天したこととか、(当時の)職場に毎日のようにあらゆるギフトが届いたこととか、食パン4斤とマンゴージュース4ダースが某フィリピン人ビジネスマンから私宛てにギフトパックで届き(ギフトというか食糧支援!?)悩んだ挙句にロハス大通りのホームレス家族の皆さんのところに持っていったこととか、甘いものには食傷気味の日本人職員にとどめを刺すかのように手作りの檄甘チョコレートケーキを差し入れたKYな若いフィリピン人秘書に「これは嫌がらせでは?」と悩んだこととか、その職場のクリスマスパーティー(=フィリピン人スタッフの日頃の献身に感謝する会)で歌い踊りつつ司会を担当した私に当時の上司が「くれぐれもそのテンションを仕事には持ち込まないように…」とつぶやいたこととか、2006年12月に予定されていたセブでのASEANサミットがまさかの延期になって唖然とする外国人を尻目にフィリピン外務省はクリスマスパーティで盛り上がっていたこととか、トンドのチンピラ青年たちとのクリスマスパーティで「口にくわえたスプーンでカラマンシー(スダチみたいなもの)を運ぶリレー」と「生卵キャッチボール」を繰り広げたこととか、友人Wさんとクバオの路上で売られていたライト付きライター(ライトをつけるとセクシーな女性の写真が浮かび上がるもの)を買い占めて例のトンドのチンピラたちにあげたらとてもウケたこととか、余ったライターを私が持ち帰ってラッピングして職場の同じ部署の日本人男性たちにプレゼントしたらチンピラたち以上に大喜びされたことと(カラオケの選曲ブックを照らすのに使うんだそうです)…。
 クリスマスカードを書きながら、そんなことを思い出していました。そうそう、あのライター、その後、めっきり見ません。当時はクバオでもキアポでもあちこちで売られていて、たしか1つ20ペソ(40円)だったはず。もっと買っておけばよかった。我が弟たちにも一つずつプレゼントしましたが、喫煙者ではないのでライターを使う機会もないでしょうし、そもそも日本で「カラオケで選曲ブックをライターの明かりで照らす」というシチュエーションがどれだけあるのかもわかりませんので、きっともう、どこにいったかわからないでしょう。フィリピン在住の友人の皆さま、もし、クバオとかキアポの街角で見かけたら、ぜひ、ざっと40本くらい買っておいていただけませんでしょうか。もちろん、お代+手間賃+αはお支払いします。
 
 …などというイマジネーションだけでもお腹いっぱいになってしまいそうなフィリピンのクリスマス。カードも書き終えたので、今年はもう終了です。今週末からは、年賀状の準備にシフトします。私は日本で年末を迎えるのが5年ぶり。つまり、年賀状を書くのも5年ぶりです。30枚くらいの予定ですが、どうも書いているうちにいろんな場所でお世話になった方々を数珠繋ぎに思い出してしまうので、これから、もっと増えるかも…。
 せっせと郵便料金を支払って、内需拡大に貢献します。

 朝の永田町
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 夜の永田町
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 ふたたび、朝の永田町
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 永田町は都会の中心なのにきわめて浮世離れした特殊な地域なのだと思います。地上には喫茶店やコンビニの一つもないし、監視カメラだらけだし、歩行者がとても少ないです。デモが行われるのはごく限られたエリア。私は一日のほとんどをオフィスですごします。オフィスは南向きで窓が大きくて明るくて暖かくて、東京タワーまで見えます(廊下からはスカイツリーも見えます)。自宅の周りはこれで東京都内なんですかって言いたくなるくらい緑がいっぱいの住宅街だし、通勤で使う地下鉄Y線も(特に7時台前半は)すいているし、こんなだからついつい、東京もいいな、って思ってしまいます。
 ほぼ毎日途中下車する池袋駅でも、最近やっと迷わなくなりました。
 でも昨夜、元上司のIさんにお酒をお付き合いいただくために新宿東口に行き、やっぱり東京ってコワイ、と思ってしまいました。「人波」っていう言葉がありますが、あれは、大波・高波・荒波です。
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by saging | 2010-12-10 18:39 | フィリピン(全般)
Aking Gitara(私のギター)
 ギターを弾くことは、私の夢のひとつでした。まず弾いている姿がかっこいい。笛やバイオリンのようにメロディしか奏でられないわけではなく、きちんと伴奏になる。それなのに、ピアノやオルガンのように場所を選ぶわけでもない。…万能すぎる楽器だと思います。
 ギターを弾く人がとても多いフィリピンに住むようになってからは特に、私はものすごくギターに憧れるようになりました。なんとかして自分も、と思ったものの、これまで、日本でもフィリピンでも「簡単だよ」と言われて何度も手に取るたび、1時間以内にあきらめ。前の職場で働くようになって間もなく、近所のギター教室にも登録してみたものの、午後7時の最終レッスンに間に合う日がなく、1回しか出席せずにあきらめ。

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 しかし、フィリピン滞在もあと4ヶ月となった今年4月、私は今度こそなんとしてもまじめにギターを練習してみようと思い立ちました。「ついに君もやる気になったか!」と発破をかけてくれた友人から譲り受けたのは、ハリソン・プラザ(三流ショッピングモール)で800ペソ(約1600円)のフォークギター。どこから見ても安物そのものですが、高いギターを買ったところで続けられるかどうか、まったく自信がなかったのです。
 知人の紹介で、PUP(教育大学)音楽学部の大学生の先生に師事。気合いの入った先生自作のノートで、ドレミの弾き方からアルペジオ、コード理論、指の使い方から手首のフォームまでみっちり教えていただきました。私の頭に入ったかどうかは別にして、先生の指導は素晴らしかったです。ギターでのドレミをまず習い、そのあと、ピアノのそばで、ピアノの「和音パターン」と対照させながらコードを一緒に習ったことで、私は初めて、コードの意味と、どうしてコードをそのように押さえればよいのかという初歩的な点(これまでテキストを読んだだけでは理解できなかった)を体得することができました。
 でもギターはやっぱりそう簡単には弾けません。指先は痛いし手は攣りそうだし、大変。アルペジオも苦手です。それに、何をするにもピアノを基本にしか考えられない私は、いまだにTAB譜が読めず、譜の下に五線譜かカタカナでドレミを書かないとどうにもなりません。(フィリピンの先生はついに私にTAB譜を読ませることを諦めてくださいました。)
 
 フィリピンで教わった曲は、「喜びの歌(第九)」のメロディとコード、Happy Birthdayのメロディとコード、フィリピン民謡Bahay Kuboのメロディとコード、そしてなぜか滝廉太郎の「荒城の月」(きっと、先生の間違った日本理解のせいです)。
 「ちゃんと家で練習してきたら、eraserheads(私の好きなバンド)の”Para sa Masa”(私の大好きな曲)を弾けるようにしてあげるからね。あれならコードも簡単だからね。」
と甘い言葉をかけられながら「荒城の月」を練習し、結局私は、"Para sa Masa"のpaの字も弾けないままに、800ペソのギターを抱えて日本への帰国を迎えることになりました。

 ギターを習ったメリットは、Noel Cabangonのギターさばきの美しさに感動できたこと。これまでは声しか聞いていませんでしたが、ギターへの指の這わせ方が芸術的であることに最近気づきました。すごい。どうしたらあんなに指が動くのでしょうか。

 日本に帰ってきてからも、まあまあ、練習しています。ほとんどの曲はコード表を見ただけで「ムリ!」と思ってしまいますが、60-70年代フォークのなかで特にコードが簡単な「なごり雪」とか「戦争を知らない子供たち」とかは、なんとかなります。それに、あの時代の歌なら、父と一緒に歌えるというメリットもあるので、頑張れます。
 ほかに、コードが簡単な曲、あるいはゆっくりめの曲をご存知の方は、ぜひ教えていただけましたら幸甚です。

 800ペソのギターは本当に安っぽく、フィリピンですら「そのギターはちょっと…」と言われるほどでした。歌う詩人のJess Santiago兄とケソン市のショッピングモール内に行ったとき、彼は私にギターを選ぶ気満々で楽器店に入り、専門用語を連発しながら次々と店内のギターを試し弾きし、約1時間後、5,200ペソ(約15,000円)のクラシックギターをチョイス。Martinesっていうメーカーでした。5,000ペソってフィリピンでは高いけれど、日本でこのクオリティのギターは5万円でも手に入らない、と彼は強調。 マニラで買ったところで日本に持ち帰るのが大変だから(ハードケースは本体より重くて高い)とそのときはさすがに断りましたが、自分自身の士気をあげるためにも、もう少しましなものを日本で買おうとも思っています。
 そして、あの名曲、"Para sa Masa"を弾くのです。
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by saging | 2010-09-07 02:02 | フィリピン(全般)
フィリピン・インディペンデント映画"Donor"
7月、Cinemalaya(フィリピン・インディペンデント映画祭)で4つの作品を観ました。”Ang Paglilitas ni Andres Bonifacio”と、”Magkakapatid”と、”Donor”と、”Sigwa”。
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 ”Donor”はとても良かったです。キアポで海賊版DVDの売り子をしている女性がアラブ人と婚姻して腎臓移植を受け、その挙句に…というストーリー。腎臓を売る理由は「街のポスターで見かけた『アラブでのDVD販売員の仕事』に応募したいが、そのための準備金がないから」。でも、フィリピン人から外国人への腎臓移植はいまや違法で、それを逃れるために偽装結婚。彼女には同棲中の夫(のような人)がいるのですが、これがまたどうしようもない男で、臓器移植+偽装結婚の計画を打ち明ける彼女に対し、「ふーん、金が入るならいいじゃん」と同意。ろくに働かずいつも彼女に金をせびり、避妊してほしいとの要求を無視した挙句に妊娠させます。そして妊娠を知った主人公は、これまた淡々と、違法人工中絶を選択。
 身体を犠牲にして決断しなくてはならない事項が、いちいち、とてつもなく重すぎるのに、それらに軽々しく淡々と同意してしまえる主人公と周りの人々の異常さが猟奇的で、でも、それはフィリピン貧困層の常識においては決して異常ではない、むしろ普通だ、というところが、ものすごく効果的に描かれていて、言葉を失いました。
 臓器売買という流行りのテーマを扱っただけのストーリーかと思ってあまり期待していなかったのですが、この映画の主眼は臓器売買や違法人工中絶そのものではなく、それらの背後に横たわる「貧しくてどうしようもない人たち」の「どうしようもない思考回路」なのだろうと思いました。移植手術の直前、病院の個室で麻酔薬を飲む彼女の傍らでバラエティ番組を観ながら笑い転げる親戚とか、彼女の退院日を忘れて飲んだくれる夫だとか、初めて出会う中絶手術者(医者ではありません!)に平気で金を払って身体を任せる主人公だとか、すべてが、見ているこちらが気が狂ってしまいそうなくらいにおかしいのに、すごいリアリティ。彼らのことを無教育だとかインモラルだとかいって批判することは簡単だけれど、そんなことをしても何も解決しない。法を変えればいいわけではないし、罰則を強化すればいいわけでもありません。
何よりも、ああいう重大な決断を"O, sige."の一言でしてしまえるところとか、手術を受けたあとの主人公があっけらかんとしているところとかが、すごいリアリティでした。貧困って、まさにこんな感じ。貧困って、日本人のつまらない監督が撮ったつまらないゴミ捨て場の映画のようなものじゃない。物質的なことじゃなくて、物事に対する感じ方とか、判断基準が「私たち」と異なることがまさに貧困で、私たちが直面するリアリティなのです。"Donor"は、「貧困」を強調するような衝動的で押しつけがましい「貧しい人の映像」なんてひとつも出てきません。ありふれたキアポの下町や、ありふれた暗い家が描かれるだけ。そんな普通の風景のなかで暮らす人たちのどうしようもない貧しさが、すごくうまく描かれていたと思います。
 私はまったく映画に詳しくはないのですが、この作品は、細部の演出も魅力的でした。特に、これまで会ったこともない、そして言葉も通じないアラブ人と結婚する主人公の心の揺れが、台詞のないシーンのそこここに、素晴らしく散りばめられていました。ラストシーンも、決して「びっくり」でないものの、ああ、そう見せるのか…と感嘆してしまいました。
 10‐11月ごろにマニラの一般の映画館で公開される予定だそうですので、その頃にフィリピンにいらっしゃる方は、ぜひ。

 ”Sigwa”は、70年代の学生運動のFirst Quarter Stormの時期ににフィリピンを訪問し、活動家になってしまったフィリピン系アメリカ人ジャーナリストの女性のストーリー。アメリカに強制送還された彼女は、35年ぶりにフィリピンを訪れ、かつての活動家仲間に再会します。いまもゲリラ部隊に所属する現役活動家、マニラで合法的抗議活動に参加するプチ活動家、すでに田舎で静かな余生を過ごす元親友、そして、どういうわけか大統領府報道長官を務めている友人、内部粛清で死んでいった人たち。ストーリーはきわめて凡庸で、台詞も演出もかなり陳腐。特に回想シーンはひどく、あまりに先が読めてしまうので、映画としてはつまらなかったのですが、学生運動の再生フィルムとしてはまあ、おもしろかったです。あと、大統領府報道長官を演じた役者の演技がすごかった。話し方が元報道長官のブ●エにそっくりでした。ホンモノかと思いましたよ。必見です。こちらも10‐11月に公開予定。
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by saging | 2010-09-06 00:15 | フィリピン(全般)
演劇”Sundan Natin Si Ever-san! (エバーさんに続け)
7月には、舞台演出家・吉田智之さんの演劇作品もマニラで観賞しました。
 今回の作品は、内田春菊脚本の”Sundan Natin Si Ever-san! (エバーさんに続け)”。「エバーさん」は、日比EPAの枠組みで来日後、わずか9ヶ月で日本の国家試験に合格したフィリピン人看護師(実名)。舞台では、エバーさんに続こうと猛勉強するフィリピン人看護師らと病院の先生の奮闘ぶりが演じられます。エバーさんのストーリー以外はフィクションで、吉田さんもお得意の卑猥なジョーク(吉田さんのせいなのかフィリピン人の役者が悪ノリしているのか…)をたっぷり散りばめたコメディです。看護師たちが漢字を覚えるシーンやフィリピンの家族とチャットするシーン、日比混血児問題の認知、日本の現代社会の諸問題なども織り込みながら、舞台は最後までドタバタ。
 こちらに、共同通信マニラ支局の記事があります。

 日本では非公開ですが、監督の吉田さんのご判断とフィリピン側との調整によっては、日比EPAによる「人の移動」にご関心のあるNGOや大学などでDVDの上映会を企画することができるそうですので、ご関心のある方はぜひご検討ください。(ただし、卑猥さのレベルはかなりのものですので、そのあたりをクリアできる場合に限るのですが…。)劇中の言語はタガログ語で、劇場スクリーンに日本語字幕が出ます。
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by saging | 2010-09-05 23:06 | フィリピン(全般)
フィリピン追憶写真 その4
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  マニラのセブンイレブンが5月の大統領選挙前に実施していた独自世論調査。候補者の似顔絵と名前入りのソフトドリンクの紙コップが積まれていて、注文をする人は自分の好きな候補のものを取っていくように、という注意書きがあり、コップの減りの早さで人気がわかる、という仕組み。GMA7などと協力して実施されていました。
 セブンイレブンではこのほか、レジ脇のTVで、「電子投票の仕組み」についてのガイダンス・ビデオがずっと流されていました。ガイダンス・ビデオと言ってもそこはいかにもフィリピンで、セクシーな女性たちが卵を持って踊りながら
♪マークシートのマルを塗りつぶしてね
マルは、タマゴのマル
マル以外はダメよ
ワオ! なんて簡単♪
と歌い続けるというもの。
 ……。

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 これはミニストップのレジ脇のTV広告。5月10日の投票日、投票したことを示す指先のインク(二重投票を防ぐために付けられる)を見せると、C2というペットボトル入りのアイスティー(甘い!)が10ペソで買えるというもの。画面右上には、Keep my Vote Cool &Cleanって書いてあります。
 ……。

 今日、選挙のときの資料を整理していて、投票日当日、記録代わりにテキスト・メッセージ(携帯電話メール)を利用していたことを思い出しました。投票開始前の午前6時から翌日未明までずーっとフィールドにいた私は、友人や調査地の方々、政党関係者の方々はもちろん、元職場の方々、在マニラの日系メディアの方々、そしてマニラにいらっしゃった指導教官に、投票会場で何が起こっているかをテキストで送りつづけていました。「投票開始1時間、まだ40人しか投票できず」とか、「投票時間が延期になったとラジオで言っていますよ」とか、「行列が長すぎて喧嘩が始まっています」とか。そして送信をしながら、
 「これをしていれば、何時何分に何が起こったか、ノートに書かなくていいんじゃない?」
と思いました。送ったテキストは送信フォルダに残るので、あとから読み返せばいいのです。画期的!
もし私がツイッターをしていれば、そんなときこそツイッターを使えばよかったのかもしれません。フィリピンの携帯ではそんなにさくさくツイッターなんてできないので、現実には無理な話なのですが。
 あとにも先にも、ツイッターの有用性を感じたのはそのときだけなのですが、せっかくネット回線のとても速い日本に戻ってきたことですし、日本の携帯も契約したので(携帯電話でのウェブ・ブラウジングがとても早いことに驚き!)、一度諦めたツイッター、やってみようかと思っています。
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by saging | 2010-08-31 22:47 | フィリピン(全般)
フィリピン追憶写真 その1
これから数回にわたって、撮り溜め、書き溜めていたフィリピンの写真をお送りします。

 6月、ドゥマゲッティとアポ島(4回目)、そしてシキホール(初めて)を訪れ、最後の海を堪能。美しい海中世界がただただ名残惜しく、ダイビングの前後や水面休息の時間も惜しんでシュノーケリングを楽しみ、朝に夕にとマーケットの新鮮な魚を見て回りました。

 2007年にライセンスを取ってから、フィリピンでのダイビング本数は80本。前の職場で働いていたときも、週末になると職場の同僚や友人を誘ってアニラオ(バタンガス)に行き、とても尊敬するフィリピン人インストラクターのもと、3本潜って日帰りで帰ってくるのが楽しみでした。3本2000ペソ(約4000円)。

 アニラオやミンドロ島もダイナミックで好きだったのですが、なんといっても素晴らしいのはアポ島。最高です。ナポレオンもカメもエイもいっぱい。フィリピンに旅行される方はぜひドゥマゲッティへ!

 ダイバーならみんな大好き、ギンガメアジの大群。
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 そのギンガメアジがドゥマゲッティの市場で売られていました。キロ100ペソ(1匹20ペソくらい)。水中で見るよりずいぶん小さく見えます。ロビンソン・スーパーにもありましたよ。
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 宿に持ち帰って、屋上のBBQセットを借りて炭火で焼いてみました。骨っぽいかと思っていたのですが、思いのほか白身が多くて(アジなのに)、おいしくいただけました。
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by saging | 2010-08-22 21:05 | フィリピン(全般)
続・ポピュリスト
 前回の投稿ではあまりに一方的な感想を書いてしまったので、別の意見もということで、ここにご紹介させていただきます。

 就任式の3日後、ケソン市の某農村開発NGO内のオーガニック・カフェで行われた、ある友人の誕生日LIVEに行ってきました。この某農村開発NGO、日本ともかかわりがありますが、私がお付き合いいただいているのはその中でもきわめて政治的な方々++某政党の方々++…です。私がフィリピンでいちばん心地よくいられる場所は、たぶんこのインナーサークルです。彼らとおしゃべりしたり黙って音楽を聴いたりしながらビールを飲むのが最高。(オーガニック・カフェながらサンミゲルは飲めます。)前の職場で働いていたときでさえ、ときどき、21時に仕事が終わってから1時間以上かけてケソン市に行って、彼らの演奏を聴きながら夜更けまで…という楽しみ方をしていました。ここで知り合ってから研究や仕事でお世話になった人は数知れず。この間、あるフィリピン研究の友人に
 「どうやって活動家と親しくなって話を引き出せばいいんですか?」
と聞かれたので、自信を持って、
 「ライブハウスに頻繁に通って飲みながら知り合いをつくる。で、知り合いになったらまた飲みに誘う! あと、グループで家に呼んで飲ませて仲良くなる!」
と答えたら、
 「ぜんぶお酒ですか? 私、飲めないんですけど…。」
と言われ、自分がいかにコミュニケーションをお酒と音楽に頼っているかを改めて認識してびっくりです。

 さて、この日は、80年代シンガーやConspiracy Caféの常連さん、70sビストロのオーナーまで参加して盛り上がり、20時から0時までエンドレス。
 その後、そこから徒歩10分ほどの小さなバーで開催されていたSusan Fernandez(アクティビスト系シンガー)の一周忌LIVEに皆で移動。すでに真夜中ですがまだまだ人がいて、7年前にフィリピン大学で一緒だったクラスメイトとも偶然に再会。常連客らしいコラムニストの皆さんや、Susanの前夫のフィリピン大学のM先生とお話して、まったりしていると、3日前の大統領就任式で3曲も歌った、あのNoel Cabangonが登場。あの日あの場所でフィリピン人シンガーの頂点に立った彼ですが、普段は、毎週水曜日にConspiracy Caféで細々と歌っている普通のアクティビストシンガーです。見た目は完全に普通のおじさんだし。
 「わー、有名人が来たー!」
と皆が冷やかすと、就任式の舞台でやった振付を披露してくれました。あんなところで歌って緊張しないのか、と聞かれても、
 「それが、しないんだよねー。シンガーだから。」
と、普通の様子。
 私は以前、彼が私の調査地のスラムでバランガイ選挙のために歌ったときに彼にインタビューをさせていただいたことがあり、また、普段からConspiracy Cafeに彼の演奏を聴きにいっていますので、さっそく近づいて、ここぞとばかりに質問を。
 「どうしてNoynoyのために歌うことにしたのですか?」
 「今回の選挙キャンペーンでいったい何回歌いましたか?」
 「最初に歌った曲はNoynoyのキャンペーンのための書き下ろしですよね? 今後、あなた個人のライブでも歌うんですか?」
などなど。彼は終始リラックスした感じで答えてくれたので、さらに核心を突こうと、
 「今日の新聞コラムで、『就任式はまるでポップコンサートだった』と書かれていますが、あのプログラムは良かったと思いますか? そして、Noynoyの就任演説の『腐敗をなくすため自分たちから変えていこう、ルールを守ろう』という呼びかけとあなたの曲は深くリンクしていますが、あのメッセージは人々の心に届いたと思いますか?」
 彼の答えは、
 「ルールを守りましょうというメッセージ、あれはただのお説教ではない。Noynoyの就任演説で使われたタガログ語は非常にコロキアル。単に英語に直訳しただけでは伝わらない深い意味をもっている。たとえば、”Walang lamangan, walang padrino at walang pagnanakaw. Walang wang-wang, walang counterflow, walang tong.”というフレーズのwang-wangには、車のクラクションをブーブー鳴らすという意味もあるが、VIPらがサイレンをつけて渋滞を回避することであり、それは、フィリピン的文脈を知らない人には理解できない。Wang-wangは、地位を利用し、権力を濫用し、規則を無視して大衆を蹴散らすことの象徴でもある。クラクションをむやみに鳴らすのをやめましょうという呼びかけと、そして、権力者への批判と、両方の意味があるのですよ。別の個所も同じことです。」
 そこで私はさらに挑戦的に、
 「あなたが『規則に従いましょう、行列には並びましょう』と歌っていたとき 大衆は歌詞は聞かずに押し合いへしあいしながらただ音楽を楽しんでいたし、Noynoyが『渋滞も我慢しましょう』と呼びかけたとき、大衆は『大統領スピーチが始まったから間もなく終わりだ、渋滞する前に帰ろう』と言って席を立って出口に向かっていたのですよ。もしWang-wangに2通りの意味があるなら、届くのは権力批判のほうだけではないですか? 『自分たちが貧しいのは金持ちが汚職しているせい』と思っている人々は、『偉い人』の汚職を、特にアロヨ政権の腐敗を糾弾することは喜ぶけれど、『まず自分たちの行いから変えましょう』というメッセージは、汚職が埋め込まれた彼らの日常には届かないのでは?  もしNoynoyが、あなたの歌を使い、まるで幼稚園の先生のように『列には並びましょうね、渋滞も我慢しましょうね』と呼び掛けることで大衆を変えられると本気で思っているなら、それはナイーブすぎるのでは?」
Noelの答えは、
 「自分はステージのあちら側にいたから、Noynoyのスピーチ中に帰路につこうとしていた大衆のことなんてもちろん知らないし、もしそれが本当ならショックだ。でも、Noynoyのスピーチに感銘を受けた大衆もいるはず。大統領がサイレンを鳴らさないことで、庶民が自分を反省して規則を守るようになると考えているほど自分はナイーブではないけれど そう信じるしかない。そう冷笑的な見方をしないでほしい。少なくともアロヨよりましだ、というその一線において自分はNoynoyを支持してきた。彼がこれまでClub Filipinoなどで行ってきた難しいタガログ語を散りばめた演説よりも、幼稚園の先生みたいであってもコロキアルに語りかけるほうがずっと良い。あの演説を英語に直せば、外国人は何をレベルの低い、とあきれるだろうし、外国の賓客は『就任式なのに歌いすぎだろう』と思ったかもしれないけれど、フィリピン的文脈においては、じゅうぶんに評価されるべきことなのです。」
というものでした。
 
 もちろん、私は納得しないままです――。「フィリピン的文脈」などという理屈をもちだしてくるのも、Wang-wangがコロキアル・タームだから大衆に届くはずと安直に思いこむのも、ミドルクラス的だなーとしか思えません。彼らの想定する大衆って、いったいどこにいるのか。単なる幻想なのでは? 目の前にいる、ルネタ公園で押し合いへしあいしていた、リアルな大衆を本当に見ているのかな?と思います。就任演説にかぎらず、私がキャンペーン中からNoynoy陣営に対して覚えている違和感、そしてこの新政権に対して感じている物足りなさは、そこに行き着くのだと思います。手ごたえがないというか、空虚な言葉が空回りしているだけというか。

 外国人のくせに、そしてタガログ語専門家でもないのに偉そうなことばかり言ってごめんなさい。いやな顔せずに聴いて答えてくださってありがとうございます、Noel. 私はNoynoyの愛すべきキャラは好きですし、もちろんNoelの熱い魂も彼の語りかたもとても好きで、尊敬しています。来週またNoelの演奏を聴きに行こうと思います。友人たちへ、いつも素晴らしい時間をありがとう。これからもよろしく。
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by saging | 2010-07-03 19:24 | フィリピン(全般)
ポピュリスト
 昨日、ノイノイ・アキノ(以下Noynoy)新大統領が就任しました。
 私は、午前中はキリノ・グランドスタンドでの就任式を、夕方からは新政権発足を祝うケソン・メモリアル・サークルでの野外コンサート(Street Party)を見に行きました。もちろん、Noynoyを見に行ったのではなく、そこに詰めかける人々を見に行ったのです。

 …エストラダを超えるポピュリスト大統領が誕生したかと思いました。

 まず午前の部。当然ながら、就任式の行われるキリノ・グランドスタンドに立ち入ることができるのは招待客だけ。しかしグランドスタンドに隣接するルネタ公園はオープンスペースで、一般の支持者が詰めかけることができるようになっていました。あちこちにスピーカーや大型スクリーンが設置され、どこにいても、中央ステージの様子が見られるようになっています。
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 有名な「カラバオ像前」でセキュリティチェックが行われます。
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黄色のピエロっぽい人がいました。

私はケソン市のスラムからいらっしゃった方々と一緒に参加させていただきました。覚悟はしていましたが、周りはぎゅうぎゅう。そして、前夜の雨のせいで足元はドロドロ。
プログラムは11時前に始まったのですが、大統領・副大統領の宣誓式に持ち込むまでの1時間は延々とミュージック・パフォーマンス。国歌斉唱、Bayan Ko斉唱…ここまではいいとしても、Noynoyのキャンペーンソングの合唱(もう選挙は終わったのに!)、APO HIKING SOCIETYにChristian Bautistaなどなど…。
 外国からの賓客も来ているというのに、とことんフィリピン・スタイルのエンタテイメント・ステージ。ラモス・ホルタをはじめ賓客の方々は、いったいどのように受け止めたのでしょう。

 Noynoyのキャンペーンにも付き添ってきたアクティビスタ系シンガーのNoel Cabangonは、Noynoyの第二のテーマソングのようになっている”Pagka ako’y isang mabuting Pilipino(善いフィリピン人は…)”をはじめ3曲を熱唱。
 「横断歩道を渡りましょう。」
 「道にごみを散らかすのをやめましょう。」
 「行列には並びましょう」
と歌で呼びかけたのですが、彼の押しつけがましい歌詞なんて聞いちゃいません。押し合いへしあい、
 「おい、そこ、旗を振りかざすのやめろよ、スクリーンが見えないだろ!」
 「私は旗を振るために来たのよ。振りかざすべき旗もない人間が、何言ってるの?」
などと、そこここで喧嘩。
 「フィリピンを愛するなら、ルールを守ろう」
というNoelのメッセージもむなしく、まったく当事者意識に欠ける大衆なのでした。
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 ルネタ公園に集まった人々。それぞれに思いはあるのでしょうが、基本的には、ステージ・パフォーマンスや俳優クリス・アキノ(Noynoyの妹)の一挙一動にしか興味がなく、無料で配られていたリストバンドなどのグッズを奪い合い、お菓子の配分について喧嘩し、神聖な「宣誓式」の最中に大声でおしゃべりし、Noynoyの就任演説が始まると、
 「もうすぐ終わるぞ、渋滞するから早く帰ろう」
とのリーダーの号令で会場を後にする人多数。Noynoyは演説の中で、
 「皆さんも渋滞にはイライラしますよね、でもルールは守らなくてはなりません。」
と呼びかけていたのですが、残念ながら、貧困層は聞いちゃいません。
前政権の不正を追及するとの強い姿勢を示し、
 「汚職がなければ貧困もない!」
と呼びかけるNoynoyに拍手した大衆ですが、それは単純に
 「政治家が汚職してるから自分たちは貧しいんだ」
 「アロヨの腐敗は度を過ぎてるよね」
という意識に基づいているから。まさか自分たちが汚職の温床だなんて思っちゃいません

 夕方からは野外コンサート。応援してくれた有権者らに還元するために新大統領が企画したコンサートとの触れ込みですが、もちろん、クリス・アキノとABS-CBNの仲間たちが企画したに違いありません。TVで見ればいいのですが、この日のためにNoynoy本人もソロで歌う練習をしてきたとのことなので、それはぜひ生で聴かないと…という野次馬根性丸出しで、私も参加しました。
 自由党幹部のCさんや友人たちと一緒に8時に会場入りしたのですが、すでにものすごい人混みで、ステージに近づくどころか、ステージからはるか離れたところに設置された巨大スクリーンが見える位置まで近づくのが精一杯でした。集まっているのは若年層を中心とした、Tシャツにゴム草履履きの庶民。友人たちと手分けして何人かにインタビューしたのですが、Noynoyに投票した人は少数派。
 「ただコンサートが見たいから来た」
と答える方が圧倒的でした。

 次々とステージに登場する豪華ゲストの歌やダンス、コントなどに観衆は大興奮ですが、会場はぎゅうぎゅう。雨も断続的に降りつづけるので、全身びしょびしょ、足はドロドロ。雨の中でタテノリとかしちゃうものですから、ますますドロドロです。相変わらず人々は割り込み放題で、
 「傘たため! スクリーンが見えないぞ!」
という怒号が飛び交ったり、音響設備によじ登ったり、挙句の果てには服を脱ぎだしたりと、まるでカオス。
 そんな中、2時間待ってもNoynoyは登場しません。いい加減帰りたくなってきましたが、自由党幹部のCさんの手前、そんなことは言い出せません。Cさんは新政権の閣僚になってもおかしくない人で、実際、コンサートの直前まで、新閣僚の数人とご一緒でした。が、
 「僕は閣僚じゃないし、彼女たちと一緒にVIP席で見るのは嫌なので。」
と、大衆と共にステージのはるか遠くから雨に打たれて観賞することを選んだのです。人間、できすぎです。ぜひこういう方に、上に立っていただきたい。
 
 結局、Noynoyは11時前になって2曲歌いました。1曲はJazz…どう盛り上がっていいかわからない微妙すぎる選曲。2曲目はフレディー・アギラのEstudyante Blues…またも微妙。でもともあれ、自ら歌うというエンタテイメント精神はすごいと思います。

 Noynoyは確かに、「ばらまき」はしません。しかし彼だって大衆の心をつかむ必要があるわけで、そのためには、エンタテイメント的要素を使っての有権者に精いっぱい迎合しなくてはならないわけでしょう。
Noynoyはことあるごとに
 「自分は皆さんと同じ普通の人間です」
と繰り返します。それはパフォーマンスだけではなく事実で、キャンペーン期間中も、隣に座る副大統領候補のロハスの洗練された身のこなしに対して、彼はいかにも凡人と言った感じでした。でも、凡人であることと、「庶民の心に近い」こととは違います。音楽で楽しませ、良心に訴えるだけで、人々がルールに従うなら、そんな簡単なことはないのに。
 「汚職がなければ貧困もない!」
というスローガンは、なんとなく彼の「世間知らず」を体現しているようにも見えるのです。
 TV放送では、あたかも幅広い階層の市民がNoynoyのために集まって盛り上がっているように映し出されていましたが、大衆の意識は、これまでと何も変わらないと思います。


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 おまけ。ルネタ公園のそばに停まっていたトラック。突っ込みどころ満載。
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by saging | 2010-07-01 19:41 | フィリピン(全般)