Keso de Bola とは、 「表面は赤いのに中は黄色い」フィリピンのボール型チーズ。転じて日和見主義者。       かつてお世話になった、現地の言葉で「灯台」と呼ばれるマニラ湾岸のスラムを、ガラス越しに。
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若手研究者の礼儀(反省)
 感動的なつくばでの学会から1日が経って改めて思うこと。
 国際会議をオーガナイズするって、本当に労力の要ることだと思います。参加者の半分くらいが外国人だったそうです。それも、日本ベースの研究者だけではなくてこのためにフィリピンその他からいらっしゃった方も多数。そのロジだけでも大変な作業のはず。基本パネル構成、公募パネル構成、そしてペーパーのアブストラクト審査…と、何年もかけて準備していただき、その都度、詳細なご連絡をいただきました。S先生はじめ実行委員会の皆様、本当にありがとうございました。今回の実行委員の先生方は中堅研究者世代で、たぶん学内でももっとも多くの業務を抱え、科研の業務も抱え、大変なお立場だと思います。

 私は先日、出身大学の「研究員」の資格をいただきました。議員秘書の肩書で研究活動をするわけにはいかないので、本当に幸いなことです。さっそく、尊敬する先生から、来年度申請分の科研の分担者としてのお誘いをいただき、初めて科研の書類というものを真剣に読みました。そして、書類の量と作業の多さにびっくり。申請してくださった研究代表者の先生に、ただひたすら、申し訳なく思いました。

 これまでずっとお世話になりっぱなしだった私たちもアラサー世代も、そろそろ恩返しをしないといけないと思わされました。何年後になるかわからないけれどこのような会議を企画して未来の研究を担えるように、そしてもっと下の世代にこのような機会を提供できるように、いまから準備しないといけないのかなと。そろそろ、自分の報告や議論に一杯一杯になるのではなくて、いまのうちから日々、同世代の研究者(日本人・フィリピン人に限らず)との交流を深め、人脈を広げ、もちろん自分たちの研究もより広げて深めていくことを考えないといけませんね。
 職を得るために、履歴書に書けるように業績を量産すること、規格に合うような(通るような)論文を書くこと、自分の書きたいことを論文に過剰にかぶせて自己満足すること。多かれ少なかれみんなそういうところがあって、それが、不安定な若手研究者の生存術なのだろうな、と思います。
 私はいつも、同世代の院生、あるいは非常勤の仲間たちが、教育者志望のくせに学生の指導とかTA業務についてあれこれこぼしたり(修行なんだからありがたくやればいいじゃん)、科研とかCOEとかその他様々な先生のファンド・プロジェクトに入れていただいているのに、研究会やシンポジウムのアレンジとか会計とか海外ゲストへの対応とか雑用に愚痴を言ったり(お金もらって研究機関でインターンしているようなものだからありがたくやればいいじゃん)、「自分の研究をする時間がない自慢」をしあっていることが疑問でしかたがなく、あなたたちの辞書には、「奉仕」という言葉も、「させていただきます」っていう言葉もないのか?と思って、心の中でかなり苛々することが多いのですが、自分のことに一杯一杯で周りが見えていないという点では私も負けず劣らず自己中だなあ、というかどうして私はそんなに「上から目線」なのか。今回、そう思いました。同年代や、少し上の世代の方々とお話しするなかで。
 私は研究職についていないこともあり、また、院生時代にあまり大学に居なかった(というより日本に居なかった)こともあり、日本の大学の常識がわかっていません。日本の文系の院生が苦労して通る道であるガクシンにも非常勤の公募職にも、ただの一度も応募したことすらありません。だから、それがどのくらい大変なことなのか理解していません。
 来年度の科研が採択されたとしても、私がフルタイム研究職についていないことや、所属機関である母校と現住所(東京)がとても離れていることなど、手続き的な面で、周りの方々や研究代表者の先生にあれこれとご迷惑をかけることは必至だと思います。申し訳ないかぎりです。

 上の世代に非礼を申し上げることも、そして横の仲間たちに甘えて迷惑をかけることも、決して消すことはできないので、下の世代に還元することが恩返しの一歩なのでしょうが、私のように研究職につかないということ(大学で教えないということ)は、つまり、下の世代に還元できる機会がないということで、これもなんだか、私だけフリーライドしているような気がします。って、これも実は一昨日、初めて気づいたのですが。仲良しの研究仲間が
 「僕らももっと下の世代を育てることに意識を向けないといけない」
って言うのをきいて、私はそういうことに本当に無頓着だなあと思いました。もっと意識して、別のところで補って還元できるように考えないとなと。
今回の学会を通じて、そんなふうに反省させられる瞬間が何度もありました。自分の報告に夢中になる前に、そして政治とかなんとか大きなことを言う前に、もう少しもうすこし周りを見渡さないと、きっと、人としてダメな気がします。
 
 いま、21時から開始された衆議院本会議での官房長官と国交大臣の不信任案の投票風景を観ています(ここで観られます)。フィリピンの議会だったら、こういうときは当の本人は立ち上がらないか、そもそも議場に現れないことが暗黙の了解で、それをdelikadesaっていうらしいですよ。礼儀、たしなみ、奥ゆかしさ、作法、または、文化的常識? 礼儀…って訳すのが一番近いのだと思っていますが、いまだに理解できない概念の一つです。
 予算案は明け方までに衆議院を通るのかなー。The night is still young.

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写真は、日曜の朝のつくば。駅前からすでに何もなくてだだっ広いのに、都市開発のディテールに凝っているような、不思議な町でした。セグウェィでも走っていそうな感じ。駅前は夜になると妖艶なイルミネーションで彩られ、屋外メリーゴーランドも! 朝、ホテルのロビーでお茶を飲んでいるときに偶然お隣にいらっしゃった設営関係者の方曰く、メリーゴーランドはこの時期限定だそうです。クリスマスの時期になるとクバオのアラネタコロシアム前やコモンウェルスの空き地に突如として現れる、安全性にかなり疑問が残る簡易遊園地、"Fiesta Carnival"を思い出しました(…って、またマニアックなことを書いてしまいました…ついつい…)。
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by saging | 2010-11-15 22:19 | フィリピン研究